脳を使うと疲れる理由は、まだよくわかっていません
筋肉を使うと筋細胞内に乳酸が蓄積し、筋肉組織内の体液が酸性になり、筋力が落ちるために「疲れた」と感じられます。しかし、読書をしたときや長い説明を受けたときなど、筋肉を使わずに脳だけを使っても「疲れ」は感じられます。この疲れの理由は、実はまだよくわかっていません。
筋肉のように、神経も作業するとエネルギーを消費しますが、その結果である乳酸は脳には蓄積しません。体内の「エネルギー通貨」として知られているATPの細胞内蓄積量と疲れの感覚とに何らかの関連があると推測されていますが、分子の化学変化や物質量と、疲れの感覚との関係はわかっていないのです。
感覚の知覚という面から考えても、触覚、聴覚、視覚、嗅覚、味覚などを担当する感覚細胞はわかっていますが(図)、痛覚と同じく、疲労感の感覚を担当する神経細胞はわかっていません。というより、痛みと疲労の担当感覚細胞はないだろうと考えられています。どこを計測すれば痛みや疲れの程度が測れるのかはわからないのです。もし疲れを測る方法がわかれば、トラックの長距離運転手や国際線のパイロットの疲労度を客観的に判定することができるため、人為的なミスによる事故を未然に防ぐことに役立つでしょう。
現在では、「疲労とは作業能力の低下である」と解釈されており、作業の正確さとできた作業の量、注意力の低下(フリッカー・テストなど)、アンケートなど、多くの指標を利用して疲労度を推測しています。しかし、これらだけでは、疲れの本質を表現できないこともわかっています。また、今の測定方法では時間や機器など多くが必要なため、実用的ではありません。多くの機器を用いたとしても、結局、本人の訴えに基づくものなので、客観的評価にはなりません。疲労物質などの「疲労マーカー」を含めて、客観的評価方法を求めて現在も研究が進行中です。
(防衛医科大学校教授 西田育弘)
図 脳の感覚野。疲労を感じる神経細胞はわかっていない。