3000~8000とされているが、正確に数えることは不可能
専門家によってさまざまな説がありますが、いま3000から8000ぐらいの言語が世界にあるといわれています。数に幅がある理由は、なにをもって1つの言語とみなすかについて意見の違いがあるためです。例えば日本列島には日本語とアイヌ語がありますが、ここに沖縄の言葉である琉球語を加えて3つと数える人と、琉球語は日本語の方言なので独立した言語とは数えない人がいます。さらに琉球語も1つではなく、琉球諸島にある細かな言語の違いをもっと広く認めて、これを沖縄語・宮古語・八重山語など異なった6つの言語として数えようという立場もあるのです。
そもそも、言語を1つ、2つ、とモノのように数えること自体が現実に合わないのです。言語は生き物で、絶えず変化し、交ざり合ったり消えたり、新しく生まれたりを繰り返してきました。16世紀以後、世界中を人々が移動するようになると、あちこちで知らない言語同士が出会い、お互いを理解するために言葉が交ざり合ってクレオール語と呼ばれる混成言語が自然に生まれました。虹のように変化する言語です。ハワイやマレー諸島やカリブ海の島々では、それぞれ特有のクレオール語が話されていますが、島ごとの言葉の微妙な違いを1つ、2つと区別して正確に数えることは不可能です。
19世紀になると、誰もが平等に学べる世界共通語をつくろうとして、エスペラント語など人間によって人工言語がつくられた歴史もあります。コンピューターに採用されているプログラム言語も、人工言語の新しい進化の形ととらえる人もいます。一方で、世界の生物種が次々と消えつつあるのと同じように、少数言語もどんどん消えています。シベリアで昔からトナカイを飼って暮らしてきた人々が話すトファ語は、もう数十人の話者しかいません。そしてトファ語が消滅すると、トナカイの生態についての世界のどこよりも詳しい知識も一緒に消えることになるのです。
言語は単なる会話の道具ではありません。それは世界にどれだけ多様な歴史や生活の姿があるかを映しだす鏡なのです。私たち一人一人が、言葉という自分自身の鏡を持っているのだ、と考えてみると新しい発見があるかもしれませんね。
(東京外国語大学教授 今福龍太)