敵から身を守るために煙幕や影武者として使う
タコやイカが墨を吐くのは、敵から自分の身を守るためです。墨の吐き方にもいろいろあります。例えば煙幕としての墨です。墨がいきなり眼の前に吐かれると、吐かれた方は驚くとともに視界がさえぎられます。そのすきにタコやイカは逃げてしまうというわけです。影武者としての墨もあります。イカが吐いた墨は海中を漂うイカのように見えることがあります。捕食者の魚は影武者の墨をイカだと勘違いして攻撃を仕掛けます。捕まえた!と思ったら、手応えのない墨がふわりと消えるだけ。墨を吐いた当のイカはそんな魚を尻目にとっくに逃げ去っています。
イカは、ちょっとしたことにも驚いて墨を吐きます(写真1)。イカを飼育するときに困るのは墨を吐くことです。水槽の蓋を開けたら中が真っ黒だったということがありますが、そういうときにはすぐに墨を吸い出す必要があります。イカの墨はねばねばとした粘性があり、水槽の中では自分で吐いた墨でえらがつまり窒息死してしまうのです。影武者の墨も粘性のある墨だからイカの形が保たれるのです。
意外なことにイカと違ってタコはあまり墨を吐きません。漫画ではタコが勢いよく墨を吐いていますが、タコが墨を吐くのは本当に危ないときだけです。タコはカモフラージュの達人です(写真2)。体の色や形をたくみに変えて岩肌や海草などに化けることができます。人間が見ても容易にタコだと見分けることはできません。まるで忍者のようです。黒ずくめの忍者は背中に刀をさしています。いかにもその刀で闘いそうに見えますが、忍者はほとんど刀を抜かなかったそうです。忍者の務めは誰にも気づかれないように城に潜入して情報を探ることですが、敵に見つかってしまい絶体絶命!というときに初めて刀を抜いたといいます。タコも墨という刀を最後の最後まで使わない忍びのプロなのです。
(琉球大学理学部海洋自然科学科教授 池田 譲)
写真1 墨を吐くアオリイカ。(撮影:大島陽太)
写真2 潮だまりでカモフラージュするウデナガカクレダコ。(撮影:安室春彦)