脳にある排泄物やおならの臭いを嫌う判断機能による
「おなら」は腸内で発生したガス、未消化物が腸内細菌により発酵され、発生したメタンガス(CH4)、硫化水素(H2S)、二酸化硫黄(SO2)などの混合物です。一方、「げっぷ」は食事のときに飲み込んだ空気や炭酸飲料内の二酸化炭素(CO2)によるものです。これら両者は、同じく消化管内から体外へ出たガスですが、発生原因や内容分子が異なります。イオウ類は温泉地でかいだことがあるかもしれませんが、強い臭気の元となります。
このため、イオウを多く含む肉類や豆類をたくさん食べると、おならがより臭くなります。ただ、おならの場合は温泉地のイオウ臭よりも、さらに嫌悪感をともないますね。これは、イオウ以外のガスを含んでいるから、ということもありますが、それ以上に、我々の脳の奥深くにある大脳辺縁系(図参照)による「排泄物」と「食物」を区別させる判断機能によるところが大きいのです。
健康な人の糞便には、腸内細菌や食物の分解産物が含まれているだけで、感染症という点からいえば特に病原菌を含んでいるわけではありません。よって、かつては畑の肥料として利用されてきました。土の中で原子・分子にまで分解され、また再び野菜や果物になる脳にある排泄物やおならの臭いを嫌う判断機能によるわけです。
しかし、糞便やおならに、こういう事実以上に強い嫌悪感を催すのは、我々の大脳辺縁系が『嫌う』ように判断するべくセットされているからと考えられています。というのも、大脳辺縁系の一部を破壊すると、排泄物を嫌がらなくなるという実験結果があるのです。
消化されなかったものを、再び口に入れても栄養の元になるはずがないですよね。体内から排出したものを、再び体内へ取り込まないよう、脳が判断しているのです。
この判断を正確にできないと精神病を発症する可能性が高いことから、脳に何らかの異常があると考えられています。
こうして、大脳辺縁系は「生きる」ために生物学的に必要な判断を無意識のうちに行っています。「臭い」の感覚には、化学分子だけでなく、このような「脳の意思」が強く関係しているところがおもしろいですね。
(防衛医科大学校教授 西田育弘)
図 赤い色に塗られたところが大脳辺縁系。扁桃体や海馬、帯状回といった器官が属していて、食欲などの本能、好き嫌い、恐怖など本能的な感情を司るところ。嗅脳は嗅覚に関係する領域。扁桃体を中心に、排泄物を嫌う判断を担っている。