さまざまな分野で活躍する医師に、お仕事の内容や魅力を語ってもらう連載「ドクターズ・リレー」。子供の科学2023年6月号では、獣医師として働く角田 満先生に取材。獣医師として大切にしていることや、獣医師をめざす人へのメッセージなど、本誌ではおさまりきらなかった内容を詳しくお届けします。
動物も入院することがあります
── 動物病院で、動物は入院することはできるのでしょうか。
いろいろな方からよく質問される内容です。ヒトを診る病院では、ある程度大きなところでないと入院できませんが、動物病院は入院できる施設が多いです。
ただ、ヒトの入院と違い、医師や看護師が夜間も常にいるわけではありません。規模の大きな動物病院ではスタッフが常駐できるところもありますが、当院も含めて多くの病院は、夜にはスタッフがいなくなることが多いです。飼い主さんにはそれをお伝えし、ご理解をいただいた上で動物を預かっています。
表向きは「夜8時ぐらいまでしかスタッフはいません」と言っていますが、預かっている動物たちの容体によって実際には違ってきます。どうしても気になってしまって、夜中の2〜3時に様子を見に来てしまうこともありますね。
他にも「半日入院」といって、朝、病院にペットを預けて、夜お迎えにきてもらい、夜間は自宅で様子を見守ってもらうこともあります。ただし、ウサギやチンチラ、フェレットといったエキゾチックアニマルでは、診てもらえる病院が近くにないなどの理由で、SNSなどの口コミを見て、他県から来てくださる方もいます。こういった動物病院が徒歩圏内にない方がとても多くいるのです。そうした方たちの場合、朝預けて夜迎えに来るのを何日も続けるのは飼い主さんの負担が重くなるので、入院を勧めることもあります。また、薬剤を24時間点滴する必要があるときは入院が推奨されるため、入院をご提案します。
獣医師に「診られない」動物はいない
── 動物たちを診るときに、どんなことを大切にしていますか。
基本的にぼくは、「(ぼくが)診られる動物」「診られない動物」といった診療対象動物を設定していません。獣医師はヒトの医師と違って、内科や小児科、歯科の専門医として認定される制度が少なく、技術があるかどうかは別として、すべての診療科を診ることができます。また、ペットが病気やケガをして困っている飼い主さんに、「この動物は診られません」とは言いたくないので、基本的には診させていただける範囲で診ようと思っています。
ぼくの学生時代には、ウサギやフェレット、ハムスターなどのエキゾチックアニマルの診療がまだまだ一般化されておらず、そうした動物たちを診るための授業も特にありませんでした。「野生動物医学」という授業があって、そこでウサギについてちょっと学んだくらいです。なので、飼い主さんたちには、ペットとして珍しい動物を診るときは、どの獣医師もイヌやネコなどに比べて経験数や知識が足りないということを理解してもらった上で、獣医療行為を受けてほしいと思っています。
そして獣医療を提供するにあたって、一般のみなさまの感覚を忘れないように心がけています。例えば、動物を治療することばかりを考えて、飼い主さんを毎日通院させるのは当たり前、と考えてしまうと、飼い主さんを疲弊させることになります。また、動物の医療は、ヒトと違って保険がしっかり利くわけではないので、医療費が安くありません。何度も来ていただいて、いろいろな治療を行う中で、費用がこれ以上かかると高いと思われるだろうな、どう費用を下げられるかなど、飼い主さんの立場になって考えることも大事だと思います。獣医療を提供することにばかり気を取られていると、気がつくと飼い主さんとの間に心の溝が生まれてしまうことも多くあるので気をつけています。
飼い主が前向きになる医療を提供したい
── ただ診るだけでなく、その後の生活も含めて考えるのですね。
相手を思いやって、困っていることを取り除くのは、医療の基本だと思います。ある病気を治療した後に、命に関わらないからといって、かゆみがあるのに治療をしないとか、苦しみながら生きている動物を見ると、治療は成功したとしても飼い主さんが納得しているようには思えません。そうすると結果的に飼い主さんを疲れさせてしまって、その動物が亡くなった後に、また次に動物を飼いたい気持ちをなくしてしまうと思います。動物たちの治療において、獣医師にできないことは多く、限界ばかりともいえますが、動物たちが楽しそうに生きられることを大事にしています。
そして、亡くなってしまったとしても、飼い主さんに「その子と出会えてよかった」「またこの楽しい時間を過ごしたい」「新しい子をお迎えしたい」といった前向きな気持ちになってもらえるような獣医療を提供したいと思っています。最期のお別れのときが「ごめんね」ではなく、「ありがとう」と言えるようなペットライフを過ごせる一助となれば、と考えています。
動物たちが楽しそうに暮らしていけて、飼い主さんも納得できるような獣医療を提供することが、動物病院という業界が継続的に発展することにもつながると思っています。
コミュニケーション力が必要な仕事
── ほかに仕事で何か気をつけていることはありますか。
飼い主さんから、困っていることや要望を詳しく聞くためにも、コミュニケーション力が大切だと思っています。中でも、意識していることの1つに話し方があります。
実は、学生時代ぼくはすごく早口で、短気で怒りやすい性格だったんです。高校生くらいまでは、友達との会話の中で興奮して、怒るようなこともありました。それが、あるときイヌのしつけの先生から、「イヌに対して、その場だけ優しい言葉を使っても、全部見抜かれるぞ」と言われたんです。その時は本当かと疑いましたが、実際にうちで飼っていたイヌは、家族の中では自分に一番なついていませんでした。
それから、意識してゆっくりしゃべるようにしたんです。ゆっくりしゃべると、自分の感情もコントロールできることに気づいて、話しているうちに怒るようなことがなくなりました。すると、ぼくの場合についてですが、動物とのやりとりもうまくいくようになった気がします。言葉づかいやしゃべり方は、すごく大事だと思っています。
あとは口角をあげる癖をつけて、笑顔をつくるよう心掛けるようにしていたら、自然と笑うことも増え、相手も笑ってくれることが増えたのかな、と思っています。
── 獣医になるために、何かしておいた方がいいことはありますか。
ぼく個人としては、とくに何をやった方いい、というものはありませんが、学校の勉強は頑張ってしないといけません。獣医師は大学に入るのが比較的難しいです。今の自分になるにあたって人生の中で最も難しかったのは大学受験だったと思っています。
動物の勉強を子供の頃からいっぱいしないといけないのか、とよく聞かれますが、私は図鑑とかを読む子供ではありませんでした。動物図鑑などを読んで知識を身につけることも大切かもしれませんが、それ以上に、自分の目で実際に動物を見たり、触れ合ったりすることのほうが大切だと思っています。知識だけでなく、自分の目で見て自分の意見を持ち、できれば「自分だけの図鑑」をつくるくらいになれると素敵だと思いますよ。
動物のことに限らず、いろいろなことを経験してください。無駄なことは何もありません。何でもやってみて経験をつけたことはどんな内容でもきっと皆さんの将来に活きてくると思います。
とにかく、動物が好きで、勉強することが嫌いでなければ、獣医師の素質は十分あります。
まだやりたいことが見つかっていない人でも特に問題ありません。まず、何でもやってみて、おもしろいかどうか、やってみてから考えてみてください。だまされたと思って、何かを一度一生懸命になってやり始めてください。最初はうまくいかなくてつまらないと感じるかもしれません。でも、しばらくやってみるうちに、いろいろなことがわかってきたり、できるようになってきたりすると、楽しく感じるようになるものがたくさんあります。勉強も嫌いな人は多いですが、やっていくうちに楽しいと感じることがあるから、大人になってもずっと勉強をしたりするんじゃないでしょうか。
文