さまざまな分野で活躍する医師に、お仕事の内容や魅力を語ってもらう連載「ドクターズ・リレー」。子供の科学2023年4月号では、小児科医として働く江田明日香先生に取材。誌面で紹介しきれなかった小児科医の仕事や、先生が一般的な小児科の仕事だけでなく、幅広く支援を行う理由について、詳しくお届けします。
些細なことを相談できる存在でいたい
── クリニックでは、ふだんどんなことをされていますか。
他のクリニックと同じく、体調不良の人を診て病気を治したり、予防接種や健診をしたりして子供達の健康な成長を見守っています。さらに、他のクリニックであまりやっていないこととして、子育て支援や食事支援、訪問診療なども行っています。
子育て支援は、昔でいう“おせっかいな近所の人”のような存在になれればと思ってやっているものです。
現代は親と子供だけの核家族が増えていて、「夜泣きがおさまらない」、「母乳を飲まない」、「離乳食を食べてくれない」、「ちょっとした皮ふのかぶれや発疹(ぶつぶつ)が気になる」など、すぐに命に関わらないような困り事に対して、何をしていいかわからない人がたくさんいらっしゃいます。昔みたいに、すぐにおばあちゃんやおじいちゃんに聞いたりできないし、近所の人がおせっかいをしてくれることもありません。他人にあまり踏み込まないようにする人が多いですし、まわりの人もおせっかいをしないんです。
そこで、適切な情報提供をしたり、ちょっとしたことを聞けるような関係づくりをしたりして、親御さんの不安感を取り除ければと考えました。その取り組みの1つが、休診時間の待合室を利用した、さまざまな健康情報を発信する場づくりです。
子供の発達をうながす遊びや離乳食の講座などを開催しています。同じような月齢のお子さんを持った親御さんが集まると、同じような悩みの人がいて、親同士でもコミュニケーションがとれるようになったりします。外来で診察をするときよりも、こうした場所の方が親御さんが本音を出してくれたり、相談してくれたりします。
また、私のクリニックでは意識的に看護師さんの数を多くしています。医師には遠慮して話せないようなことも、待合室で愚痴ついでに話してもらえるといいと思っているんです。
実際に、ちょっとした心配事のかげに病気が隠れているということだってあります。そのサインを見逃さないためにも、つい遠慮して聞かないようなことを言ってもらえるように努力していきたいと思っています。
赤ちゃんだってぼ~っとは生きていない
── 親御さんからはどんな相談事が多いですか。
一番多いのは、赤ちゃんの食事についてです。県外からも「子供が食べない」というお悩みで相談に来られる方がいらっしゃいます。子供が食べない理由を細かく話していくと長くなってしまうので割愛します。でも、離乳食を食べないということの大きな原因の1つに、「離乳食のやり方があまりに型にはまっている」ということがあると思います。
一般的な離乳食の進め方である「おかゆをすりつぶして、スプーンにのせて口に運ぶ」というやり方が嫌な子供は、食べません。マニュアルとしてそのように本や雑誌に載っているので、親御さんたちも頑張ってつくって食べさせようとします。でも、何だかわからないものを口まで運ばれて食べさせられるのは、大人でも嫌なのではないでしょうか。そこで私たちのクリニックでは、赤ちゃんが自分で食べ物をつかんで食べる方法(BLW)も紹介しています。
危ないのでは?と心配される方も多いですが、この方法で学んできた子供はちゃんと自分が食べられる大きさをわかっていて、パンを食べるときにもよく見て、どこをかじるか、小さくちぎるか考えながら食べるようになります。無理して1口につめこんで食べたりせず、とても安全に食べます。食べることは、試行錯誤して経験から学んで覚えることです。実際にやらせてみることで、危険なことも自分で考えて回避していくようになります。
私が考えている赤ちゃんの“食べる”という行為は、口に入れて舐めるだけでも”食べる”の一歩です。手でつかんだ瞬間のぬるっとした感触や、口に入れた瞬間の食感、匂い……1人1人の感覚を刺激すること。それは他人にはどうにもコントロールできないから、「これが嫌ならこうしよう」、「それがダメならこうしよう」というように、手探りの試行錯誤をします。
食事支援をやるようになって、勉強したり、いろいろな子供を見たりして学んだことなのですが、食べるというのは本当にたくさんのステップがあって複雑です。食事支援は食べる工程を細分化して考えて、食べない原因を見つけていく作業です。だから、食べない子が嫌だと感じていることの糸口が見つかると、食べられるようになるのはとても早いんです。
赤ちゃんだろうが子供だろうが、人によって性格は全然違います。小さくても、ぼ〜っと生きているわけではなく(笑)、考えていることが絶対あります。子供はまわりの気配を見て、どういう状況で、どんな場面なんだろうとか、その子なりに考えています。こうした子供の育ちを親御さんに伝えるのも小児科の役割だと思っています。
発達がゆっくりな子でも、少しずつ成長していて、潜在能力を持っている子たちはいっぱいいます。毎日見ていると、なかなか気づかないこともあるので、お子さんの成長に親御さんが気づいていなそうなときは、「この前できなかったことができるようになったんだね」などと声をかけるようにしています。
隣の人に共感する気持ちを持とう
── 訪問診療ではどんなことをされるのでしょうか。
重い病気を持つ子でも、家でちゃんと生活できるようにするために、患者さんの家に伺って診察をしています。医療的ケアが必要な子供たちが、診察のために遠くの病院に足を運ぶことのはとても大変なことです。そのような状態を見て、訪問診療のノウハウを持たないところから始めました。最初は、すでに訪問診療をされている先生について見学させてもらって、細かく質問して勉強しました。今もまだまだ試行錯誤しているところです。
訪問診療は、1人のために1〜2時間かけて行います。そのため、1人でクリニックの診療をされている医師だと、1人に時間をかけるような訪問診療と外来診療を両立させるのはなかなか難しいのではないかと思います。私のところでは、何人かの医師でクリニックの診療を担当しているので、訪問診療ができています。
私たちのクリニックでやっている訪問診療や子育て支援、食事支援はすき間産業なんだと思います。こんなものがあったらいいな、これがあれば医師も含めて助かるな、という思いが根本的にあります。今の一般的な小児科のやり方だと、うまくいかずに困っている人たちがいる。その人たちを取り残さず、それぞれが幸せに生きて成長できるように、お手伝いしたいと考えています。
── 医師になるために、何をするといいでしょうか。
医師だけでなく、どんな人でも、共感力を持つことが大切だと思います。隣にいる人の立場になって物事を考えることが、より自分自身も生きやすくなることにつながると思っています。隣にいる人が困っているときに、「何に困っているのかな」と考えてあげるだけでもいいのです。実際に行動に起こさなくても、他の人が何に困っているかを考えることは、多分AI(人工知能)には無理で、知性が高いヒトにしかできないことだと思います。
特に医療は、いろいろな人同士のコミュニケーションが大切なので、他人や世の中のことに興味を持ってほしいです。こんなに便利になった世の中ですが、人は1人では生きられません。私が今のクリニックで前例のないことに挑戦して形にできているのは、家族はもちろん、職場のスタッフやこれまでの上司というよき理解者がいるからです。
また、こうして他の人とコミュニケーションをとって、理解をしてもらうためにも、まず“自分の考えを声に出すこと”がとても大事です。心の中で思っているだけでは、多くの人には気づいてもらえず、世の中的に無いものになってしまいます。ちゃんと声に出せば、1人くらい共感してくれる人がいるかもしれません。そして、その共感者がいつの日にか複数になって、自分1人ではできないことができるようになるでしょう。
文