「イプシロンS」第2段モーターの燃焼試験で爆発事故!今後の原因究明、ロケット打ち上げの道筋とともに解説

7月14日、JAXA能代ロケット実験場(秋田県)で小型固体燃料ロケット「イプシロンS」の試験中に爆発事故が起こりました。開発中の事故ではありますが、2024年に予定されていた初飛行延期の可能性も出ています。2023年3月に起こった「H3」ロケット初号機打ち上げ失敗の記憶も新しいですが(こちらの記事もご参照ください)、打ち上げ予定が決まったばかりの「H2A」はじめ今後のロケット打ち上げの展望も含めて解説します。

「イプシロンS」爆発した第2段モーターは推力を増やしたタイプ

 爆発事故が起きたのは7月14日の午前のこと。JAXA能代ロケット実験場(秋田県)で、小型固体燃料ロケット「イプシロンS」の第2段モーター*の燃焼試験が行われていました。燃焼開始から約57秒で爆発が発生、燃焼施設の屋根が吹き飛ぶなどしました。点火から20秒ほどで燃焼圧に異常がみられ、エンジンを覆うモーターケース(圧力容器)の燃焼圧力が約7.5メガパスカルになったところで爆発が起こりました。

*固体燃料を燃焼させる方式の推進装置は「モーター」と呼ばれ、液体燃料を燃焼させる「エンジン」とは区別されます。

7月14日、JAXA能代ロケット実験場で行われた「イプシロンS」第2段モーターの燃焼試験。点火から20秒ほどまでは正常に燃焼していたとみられます。(©JAXA)
燃焼試験中に起きた「イプシロンS」第2段モーターの爆発による噴煙。(©JAXA)

 人的な被害はなかったものの、2024年に予定していた初飛行が延期される可能性が出てきています。

 「イプシロン」は、旧宇宙科学研究所(ISAS)が開発した「M
ミュー
5」ロケットと「H2A」の固体ロケットブースターの技術を組み合わせて開発が続けられてきたロケットです。2022年10月の「イプシロン」6号機の打ち上げ失敗を受けて、「イプシロン」に改良を施して設計された「イプシロンS」は、信頼性を向上させた上で打ち上げ能力を高め、打ち上げにかかる期間を短縮させようと開発が進められてきました。

 開発中のロケットですから、モーターの燃焼テスト中に失敗するのは致し方ないこと。今回の失敗を次の成功につなげることが何より大切です。ただし、エンジン設計に共通部分があったことで「H3」初号機の失敗が「H2A」の打ち上げ時期に影響を及ぼしたことや、「イプシロン」6号機の失敗は既にある技術を活用したことが結果として災いしていたことなどを踏まえ、改めてそのようなリスクの有無を洗い直す必要があるのかもしれません。

求められる原因究明と今後のロケット打ち上げへの影響

 例えば、「イプシロン」では第2段の姿勢を制御するために推進薬をタンクから放出する方式を採用しています。「イプシロンロケット6号機打上げ失敗の原因究明に係る報告書」によると、6号機の失敗原因として設計が十分でなかったことが明らかになっています(「フライト実績を重視し、使用条件の違いを含め設計の考え方・作動原理等を十分理解した上での確認が不足していた」)。

 「イプシロンS」の第2段モーターは従来のモーターを改良し、固体燃料を15トンから18トンに増やして推力を増やす一方、燃焼時間を130秒から120秒に短くして燃焼させる設計です。圧力容器は10メガパスカルまで耐えられる設計になっており、それを下回る圧力で爆発した圧力容器に問題があったのか、点火から20秒で燃焼圧に異常がみられた固体燃料の組成・詰め方に問題があったのか十分な原因究明をし、「イプシロン」6号機や「H3」初号機の教訓を活かして次のステップに進む必要があります。

従来型(強化型)と「イプシロンS」の第2段モーターの違い。(7月7日実施のJAXA「イプシロンSロケット開発状況に関する説明会」の資料より)

 「イプシロンS」の開発は、「H3」との相乗効果を発揮して国際競争力を強化することを目的とし、2024年の打ち上げを目指して進められてきたプロジェクトです。また、「H2A」の技術を改良・効率化して低コスト化して国際競争力を高めようと開発が続く「H3」も同じような考え方で進められてきています。「H3」初号機の失敗原因を踏まえた上で「H3」の2号機の打ち上げに臨んでもらいたいところですが、その意味では、まずは「H3」初号機の失敗で打ち上げ延期となっていた「H2A」の47号機の打ち上げが重要になってきます。

 「H3」初号機の打ち上げ失敗については、ロケットからダウンロードした各種データを分析、地上で試験を実施するとともに、事象から始めて、それに繋がる因果関係を洗い出し、原因を特定する解析手法(樹形図を使って解析することから「フォールト・ツリー・アナリシス=FTA」と呼ばれます)を使って対応策が検討されています。

 「H2A」の47号機打ち上げに向け、「H3」初号機の第2段LE5B-3エンジンの着火失敗につながった短絡に関係する原因項目のうち、「H3」と「H2A」共通部分の洗い出しがすでに行なわれています。5月25日の「宇宙開発利用部会調査・安全小委員会」では、H2Aの失敗原因となる可能性のある9つのシナリオが示されました。そして、(1)絶縁を強化、(2)検査を強化、(3)部品を選別する対策を講じて打ち上げられることとなりました。

「H3」初号機の第2段LE5B-3エンジンの着火失敗の原因は、短絡(ショート)により大きな電流が流れたことによる可能性が高いと発表されました。それに関して、9つのシナリオが「H3」と「H2A」共通の可能性のあるシナリオとして抽出されました。グレーの部分は排除されたシナリオです。(5月25日実施の「宇宙開発利用部会調査・安全小委員会」の資料より)

リスクを抑えた「H3」2号機打ち上げを目指して

 その後も肝心の「H3」固有のシナリオも含めて原因を特定する作業が続けられる一方で、7月11日には「H2A」47号機の打ち上げにゴーサインが出され、JAXAは8月26日午前9時34分57秒(予備期間:2023年8月27日~2023年9月15日)の打ち上げを決定。万全を期して「H2A」の打ち上げに臨むことになりました。47号機にはX線分光撮像衛星(XRISM)、小型月着陸実証機(SLIM)が搭載される予定です。

JAXA筑波宇宙センター環境試験棟で実施された熱真空試験で、スペースチャンバに搬入されるX線分光撮像衛星(XRISM)。(©JAXA)

 「H3」2号機の打ち上げ時期は決まっていませんが、固体ロケットブースターを取り付けない代わりに第1段に3基のLE9エンジンを搭載するタイプで打ち上げる当初の予定を変更し、固体ロケットブースターを2基、第1段にLE9エンジンを2基搭載した「H3」初号機と同じタイプで打ち上げることが決まりました。さらには先進レーダ衛星「だいち」4号を搭載することにしていましたが、性能確認用ペイロードを搭載、失敗リスクを承知で相乗りする小型衛星2機を搭載することになりました。

「H3」ロケットの機体ラインナップ。固体ロケットブースター(SRB-3)の本数や、第1段LE9エンジンの基数、衛星フェアリングの違いによって区別されます。(JAXAホームページ「https://www.rocket.jaxa.jp/rocket/h3/outline.html#03」より)

 「H2A」47号機の打ち上げ、そして「H3」初号機の失敗原因を究明した上でリスクを抑えた「H3」2号機の打ち上げを目指すJAXAと三菱重工業にとって、まさにこれからが正念場です。

※<9月7日追記>
8月26日の「H2A」47号機の打ち上げは天候の影響で延期されていましたが、9月7日午前8時42分に実施されました。搭載していたX線分光撮像衛星(XRISM)、小型月着陸実証機(SLIM)は予定通りの軌道に投入されました。


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サイエンスライター。1960年、神奈川県出身。東京工業大学理学部卒。新聞社科学記者を経て、川巻獏のペンネームで執筆活動をしている。自然科学からテクノロジーまで幅広い分野をカバー。宇宙・天文学分野を中心に活動している。

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