連載《人体MAPS》 第31話(最終話)「今ここにいる、あなた」

 体の中には、ふしぎがいっぱい! この連載では、自分の体の中のいろいろな部分をめぐる旅の案内をしていきます。人体の“地図”を手に、一つひとつの部分の役割を知っていけば、もっと自分の体、そしてまわりの人の体を大切にする気持ちがわいてくるでしょう。

みんなと一緒に人体をめぐる旅をするヒュウマとミコト。

 今日のお話のテーマは「今ここにいる、あなた」です。

あなたが今ここにいることとは

 このシリーズの最後に、あなたにどうしても伝えたいことがあります。それは、あなたが今ここにいるのは、お母さん、そしてお父さんがいてくれた“おかげ”だということ。

 もし、この世にお母さんとお父さんの両方、それとも、どちらかでもいなかったら、あなたはこの世に生まれてくることはなかった。

お母さんとお父さんがいることとは

 そして、お母さんとお父さんにも、お母さんとお父さんの親、あなたからみるとお(ばあ)ちゃん(祖母(そぼ))とお(じい)ちゃん(祖父(そふ))がいる。すると、お(ばあ)ちゃんとお(じい)ちゃんがいてくれたからこそ、お母さんとお父さんが生まれてくることができた。そのお(ばあ)ちゃんとお(じい)ちゃんもまた、お(ばあ)ちゃんとお(じい)ちゃんの親、あなたからみると(ひい)(ばあ)ちゃん(曾祖母(そうそぼ))と(ひい)(じい)ちゃん(曾祖父(そうそふ))がいてくれたからこそ、あなたのお(ばあ)ちゃんとお(じい)ちゃんが生まれてくることができた。こうしてたどっていくと、あなたからみれば、たった十代前のご先祖さまでも、なんと1,000人以上(実際、1,024人)もいるのですよ。すると、あなたのお母さんお父さんを含め、十代前までのすべての人を合計すると、なんとなんと2,000人以上(実際、2,046人)にもなるのです!

 つまり、とてもたくさんのあなたのご先祖(せんぞ)さまがいてくれたおかげで、今ここにあなたがいるわけだね。もし、そのたくさんの人たちのうち、たった1人でもいなかったら、残念ながら、あなたはこの世にはいなかった。だから、あなたがこの世に生まれてこれたことは、まさに奇跡としかいいようのないすごいことなのです。


まだある奇跡(きせき)のお話

 奇跡のお話はこれだけではありません。

 お母さんとお父さんはかつてあなたが生まれてくる前、お母さんの体の中では(らん)細胞(さいぼう)卵子(らんし)が、お父さんの体の中では(せい)細胞(さいぼう)精子(せいし)がつくられていたわけだけど、お父さんの精細胞がお母さんの体の中に泳いでいって、奇跡的(きせきてき)にお母さんの卵細胞と出会ったことで受精(じゅせい)が起こった。この受精した細胞を「受精卵(じゅせいらん)」というのだけど、受精卵はあなたの体ができる、最初の!たった1個の!目に見えない!小さな!でもあなたをつくり出すすべての可能性を()めた細胞なのです。

一つの卵子の中に一つの精子が入って受精卵ができる様子。卵子はお母さんの体、精子はお父さんの体でつくられる。受精卵はまさにお母さんとお父さんの精細胞の出会いの結晶。これもとても神秘的な場面といえるでしょう。

精子と卵子の出会いの奇跡って?

 卵細胞はお母さんのお腹の中で1ヵ月にたった1個(一生で約500個)つくられ、精細胞はお父さんのお腹の中でたくさん(数えきれないほどたくさん)つくられる。そして驚くことに、それらの細胞の中の遺伝(いでん)情報(じょうほう)(DNA)はどれもほんの少しずつちがいがある。すると、つくられる卵細胞と精細胞の見た目は同じでも中身は一個一個すべて異なる。これはどういうことかというと、将来あなたの体になる受精卵をつくるためのたった1個の卵細胞と、たった1個の精細胞が出会えた確率は限りなく低く、実はほとんど「(ゼロ)。だから、あなたの体がつくられる受精卵ができたことは、実はとてつもなく奇跡的なことなのです。

 もしもお母さんの卵細胞があなたの体をつくる精細胞と異なる精細胞と受精していたならば、それはあなたとはちがう別の人の受精卵ができあがったことになるでしょう。もしそうだったならば、この世にあなたが生まれてくることはなかった。ですから、あなたがこの世に生まれてきたことは、まさに奇跡の中の奇跡なのです!

あなたはお母さん似?それともお父さん似?

 卵細胞と精細胞の中には、栄養分とともに、お母さんとお父さんの遺伝子がふくまれています。受精が起こると、その遺伝子どうしがであう。ちょうど半分半分。だから、あなたはお母さんの遺伝子とお父さんの遺伝子を半分ずつ受け継いだ体なわけです。

 あなたの顔はお母さん似? それともお父さん似? 女の子はよくお父さんに似る、男の子はお母さんに似るというけれど、それでもやっぱりどちらにも似ている部分があるはず。

お母さんとお父さん

 お母さんとお父さんは、そんなあなたが大好きなんです。お母さんとお父さんのいちばんの宝物それはあなたです。「お部屋を片付けなさい、宿題しなさい、早く寝なさい、言うことをききなさい、喧嘩(けんか)してはいけません、残さずたべなさい、ご飯はこぼさないようにたべなさい、お(はし)をきちんともちなさい」などと、いろいろうるさいことをいわれるときもあるけれど、それはあなたが大好きだから。あなたを大切に思うからこそいうのです。そして、お母さんとお父さんは一所懸命(いっしょけんめい)働いて、汗を流して、つらいこともすべて我慢して、あなたに愛情のすべてを注いで育ててきてくれた。なぜそこまでしてくれるのかって? それは、あなたはお母さんとお父さんの体の一部を分けて(さず)かった、世界でたった一人の()()えのない存在だから。

 そんなあなたもお母さんとお父さんが大好きでしょ?

限りある時間を大切に

 でも、命というのは、前回のテーマ(第30話「命」)でもお話ししたように、いつか終わりがくる。今のあなたにはまだ命の終わりなんか信じられないし考えられないことかもしれないけれど、すべての生き物には終わりがくる。

 だからこそ、あなたは限りある時間を大事にして、家族や友人、大切な人たちとともに楽しみ、そしてたくさんの思い出をつくりましょう。それがいちばんの幸せであり、悔いのない人生になることでしょう。

命と命のリレー

 あなたが女の子であれば、大きくなったら、子供を産むかもしれない。そう、お母さんとしてね。あなたが男の子であれば、男の子は子供を生まないけれど、受精には精細胞が必要だった。そう、お父さんとしてね。だから、女の子も男の子も、お母さん、そしてお父さんとして子供ができるためには必要な存在。これはまさに命と命のリレー。そしてそのリレーは未来永劫
みらいえいごう
絶えまなくずっと続いてゆく

まとめ

 今日のお話をまとめると、あなたはお母さんとお父さんがいてくれたから生まれることができた。もしもいなかったら、あなたはこの世に生まれてくることはなかった。お母さんとお父さんにもそれぞれの親(お婆ちゃんとお爺ちゃん)、そしてお婆ちゃんとお爺ちゃんにもそれぞれの親(曾お婆ちゃんと曾お爺ちゃん)と続くご先祖さまがいてくれたからこそ生まれることができた。そうやってずっと命から命を連綿(れんめん)と受け()いできた。

 あなたの心、体、そして命がここにあることはまさに奇跡。きっとあなたは、生きているのではなく生かされているのでしょう。この奇跡の結晶であるあなたを精一杯輝かせるためにも、これからも一生懸命に生きていきたいものですね。

 いかがでしたか? あなたが生まれてこれたのは、お母さんとお父さん、そしてずっとずっと昔から続いてきたご先祖さまがいてくれたおかげだということがわかりましたか? ときにはお墓参りをして、ご先祖さまに感謝の気持ちを伝えることの意味もわかりましたね。

 “今ここにあなた”がいることのすべてに対し、おかげさまの気持ちとありがたい気持ちを、あなたの心と体に命が灯っている限り、ずっと持ち続けて生きていきましょう。

エピローグ

 このシリーズのしめくくり。

 あなたはこの『人体MAPS』でたくさんのことを勉強しました。

 あなたの体にはさまざまな体の部位や臓器
ぞうき
があり、それらがあなたが生きることを実にうまく支えてくれているお話、あなたが生まれる前にたくさんのご先祖さまがいて下さった奇跡(きせき)のお話、お母さんとお父さんの細胞からあなたの体のもとになる受精卵ができた奇跡のお話、そして今ここに、心と体と命をもったあなた自身がいる奇跡のお話、これらの奇跡のお話に思いを()せると、もうそれは“たまたま”とか“運がいい”などの言葉では言い表すことができない、むずかしい言葉でいえば、(じん)()()えた大いなる何かの力がはたらいているのでは、と考えずにはいられません。そう、もしかすると、いいえきっと、目には見えないけれど、神さまっているのかもしれません。そしてその神さまはあなたに燦然(さんぜん)(かがや)く命と希望(きぼう)と元気を与え、この世に(せい)誕生(たんじょう)すること)を授けて下さった。きっとそういうことなのでしょう。それはあなただけが与えられた特別なものなのではなく、この世にいる人、いた人、そしてこれから生まれてくる人、すべてにあてはまることでもあるのです。

 あなたは何を感じましたか? あなたが“今ここにいるその(わけ)”とは一体何だと思いますか? そしてあなたはこれから先、何をなすべきと考えたでしょうか。あなた自身、これからそういったことをじっくり考えてくれることを、筆者(ひっしゃ)は願っています。

 一つの答えは、お母さんとお父さん、お婆ちゃんとお爺ちゃん、そしてすべてのご先祖さま、そして、この世界に生を授けて下さった目に見えない神さまに、いま自分がここにいることに対して感謝の気持ちを忘れないことでしょう。

 目をとじて(とな)えましょう。「ありがとう」って。

川畑龍史 著者の記事一覧

大阪大学大学院医学系研究科修了 博士(医学)。国立長寿医療センター(研究所)にて慢性腎不全の病態研究に従事。現在、名古屋文理大学短期大学部食物栄養学科教授、愛知学院大学健康科学部心身科学研究所 特任研究員。主な担当科目は、自然科学、生物学、解剖生理学、生化学、病態生理学、病態治療論。主な著書:『人体の中の自然科学』(東京教学社)、『解剖生理学実験』(東京教学社)、『なんでやねん!根拠がわかる解剖学・生理学 要点50』(メディカ出版)、『ほんまかいな!根拠がわかる解剖学・生理学 要点39』(メディカ出版)、『イカのからだの不思議発見』(文芸社)、『生体物質事典』(ソシム)、『そうやったんか!ケアの根拠がわかる病態生理学 疾患・症状24』(メディカ出版)など

(イラスト/齊藤恵)

【連載バックナンバー】

第1話「目」

第2話「心臓」

第3話「胃と腸」

第4話「頭」

第5話「耳」

第6話「鼻」

第7話「口」

第8話「歯」

第9話「腎臓と肝臓」

第10話「お尻」

第11話「肺」

第12話「首」

第13話「おっぱい」

第14話「お臍」

第15話「肩」

第16話「背中」

第17話「下っ腹」

第18話「手」

第19話「あし」

第20話「骨」

第21話「筋肉」

第22話「皮膚」

第23話「神経」

第24話「血(血液)と血管」

第25話「汗」

第26話「細胞」

第27話「体温」

第28話「お母さんのお腹」

第29話「心」

第30話「命」

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