新型コロナウイルス研究の最前線を解説するシリーズ。Part②は開発が期待されるワクチンについてです。
DNAワクチンなら大量のワクチンを速やかにつくれる!
私たちの体には、ウイルスや細菌などの異物を排除
する免疫
が備わっています。この免疫は侵入した異物を覚えることができ、過去に感染したウイルスに対する抗体
が体内に保存されます。次に同じウイルスが感染しても速
やかに排除して、たとえ症状があらわれても重症化することを抑えられます。
しかし、現在、流行している新型コロナウイルスは、これまでにない新型のウイルスであるため、誰も免疫を持っておらず、感染すれば重症化することがあり、すでに多くの人が亡くなっています。そのため、できるだけ早くワクチンを開発することが求められており、世界中で100種類を超えるワクチンの研究開発が進められているのですが、その中でも注目を集めているのが「DNAワクチン」です。
これまでのワクチンは、感染力を抑えたウイルスを生きたまま使う「生
ワクチン」と、感染力を失わせた「不活化
ワクチン」の2種類に分けられます。いずれのワクチンもウイルスを原料にしているため、多くの人に接種できるだけの量を確保するのに時間がかかるという課題がありました。また、感染力を十分に抑
えられていないウイルスが混入する危険性があり、安全性を確認するのに時間がかかるため、開発を始めてから実用化されるまでに10年以上かかることもありました。
一方、DNAワクチンは、その名が示す通り、免疫を誘導
するウイルスの分子を合成するための遺伝情報となるDNAを利用したワクチンです。感染力を抑えられていないウイルスが混入する危険性はありませんし、大量のワクチンを速やかに用意できると考えられています。
研究開始から4か月で人に接種する臨床試験を開始!
そのためDNAワクチンの開発が世界各地で進められており、大阪大学を中心とした研究グループもその1つです。このグループがワクチンに利用することにしたのは、新型コロナウイルスの「スパイクタンパク質」の遺伝子です。
ウイルスから切り出したスパイクタンパク質の遺伝子を、「プラスミド」と呼ばれる環状
のDNAに組み込んだ後、増殖用の大腸菌
に導入。大腸菌はウイルスとは異なり、栄養を与えてやれば自力で増えることができます。大腸菌が大量に増えたところで、スパイクタンパク質の遺伝子を含むプラスミドを回収してワクチンとして利用します。
このワクチンは接種された人の体内では、プラスミドに組み込まれたDNAの遺伝情報にしたがってスパイクタンパク質が合成されます。新型コロナウイルスが感染しなくても、異物のスパイクタンパク質に対して免疫が働き、抗体がつくられます。実際に新型コロナウイルスが感染したときには速やかにウイルスを排除して、重症化することを防げると期待されています。
大阪大学の研究グループは、世界的に感染が拡大し始めた2020年3月に新型コロナウイルスに対するDNAワクチンの研究を開始。これまでにプラスミドを用いた薬を実用化していた経験があったことから、わずか4か月という短い期間で、人に接種する臨床試験
が始められました。少人数を対象にワクチンを接種する試験から始め、接種対象を増やしながら、効果だけでなく安全性も確認して、2021年春頃の実用化を目指しています。
いろんなワクチンの開発を進め、有効なもの見つけ出す
大阪大学などによる臨床試験は始まったばかりですが、先行するアメリカの製薬企業のモデルナ社は、大阪大学などの研究グループと同じように、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を合成するメッセンジャーRNA(mRNA)を使っています。これまでに行われた臨床試験で接種された人の体内でスパイクタンパク質に対する抗体ができることが確認されています。
mRNAは、タンパク質が合成される際にDNAの遺伝情報を元につくられる遺伝物質ですから、このmRNAワクチンで抗体ができたということは、同じくスパイクタンパク質をつくらせる大阪大学のワクチンへの期待も高まります。しかし、どんなに慎重に臨床試験を行っても、多くの人に接種するようになると、思いがけない副反応
が生じるかもしれません。
そのためここで紹介したDNAワクチン、mRNAワクチンのほかに、いろいろなワクチンの開発が世界中の研究機関、製薬企業によって進められています。あるワクチンが効かなくても、別のワクチンが有効かもしれず、いろいろなワクチンの開発を同時に進めることに意味があるのです。その結果、有効なワクチンを開発することができれば、私たちは新型コロナウイルスを克服することができるでしょう。
【参考文献】
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2022483
取材・文