2022年11月8日、月が地球の影に入り込む「皆既月食」が起こりました。月食の最中には、月の後ろに天王星が隠れる「天王星食」も見られました。皆既食中に惑星食が起こるのはたいへん珍しく、前回、日本で見られたのは1580年7月26日のことで、じつに442年ぶりの出来事でした。
月食をはじめ、日食や彗星、太陽の黒点、オーロラなど、大空で起こる珍しい天文現象を人類は昔から記録してきました。そのなかでも、たくさんの記録が残されているのが皆既日食です。皆既日食や、月や惑星が恒星を隠す掩蔽
などの天文現象は、地球の自転速度に応じて見える場所が変化します。そのため、過去の記録を詳しく調べて、正確な観測地や時間、見え方がわかれば、当時の地球の自転速度などを知ることができます。
1日の長さは24時間です。この長さは、19世紀の約100年間の1日の長さの平均から決められました。ですが、地球の自転速度は、潮の満ち引きによって起こる海水と海底との摩擦(潮汐摩擦
)のせいで、少しずつ遅くなっていることが知られています。1990年ごろには、地球が1回転するのに24時間より約2ミリ秒(1ミリ秒は1000分の1秒)長くかかるようになりました。1回転にかかる時間が、100年間で2ミリ秒長くなったわけです。
この割合で遅くなり続けると、1億8000万年後には1日の長さが25時間になってしまいます。しかし、この割合で自転が遅くなり続けるかどうかはわかりません。2003年の観測では、24時間より約1ミリ秒長くかかっていました。つまり、1990年のころよりも地球の自転速度がやや速くなっていたのです。
このように、地球の自転速度の変化は一定ではありません。そのため天文学者たちは、世界各地に残されている過去の記録から、自転速度がどのように変化してきたのかを調べてきました。しかし、過去の記録は、古くなればなるほど観測した地域が偏っていたり、数が少なかったり、信憑性が低かったりします。そのため、地球の自転速度を計算しても、過去にさかのぼるにつれて、結果がはっきりしなくなるという問題点がありました。計算結果の精度を上げるには、信頼度の高い記録が必要です。
このたび、筑波大学図書館情報メディア系の村田光司助教、名古屋大学高等研究院の早川尚志特任助教、そして国立天文台の相馬充氏からなる研究チームは、4世紀から15世紀にかけて、主に地中海の東側で栄えたビザンツ帝国(東ローマ帝国)に注目しました。高度な文明を築いていたビザンツ帝国には、皆既日食の記録が残されています。しかし、記録が伝わる過程で引用や翻訳が繰り返され、本当に信頼できる記録なのかどうかがわかりませんでした。そのため、これまで地球の自転速度変化の研究には、あまり使われてこなかったのです。
そこで研究チームは、4世紀から7世紀の間に残されたビザンツ帝国のすべての天文記録を調べました。そして、ギリシア語や古代エチオピア語(ゲエズ語)で書かれた史料から、一定の信頼性がある皆既日食の観測記録を5件選び、その内容を詳しく調査。これらの観測記録から考えられる地球の自転速度の変化幅を計算して、他の皆既日食や掩蔽の観測記録と比較しました。
その結果、これまでほとんどわかっていなかった4世紀から7世紀の地球自転速度の精度を上げることに成功しました。また、これまで見つかっていた断片的な日食や掩蔽の記録が正しいものであることもわかりました。これにより、地球の自転速度の減少は、4世紀から5世紀初めにかけてはごく緩やかになり、5世紀中ごろから7世紀にかけて比較的急ペースになるなど、これまで考えられていたよりも不規則だった可能性が示されました。
このような自転速度の変動は、他の地域で同じ時期に観測された日食などの評価にも使うことができます。例えば『日本書紀』や『隋書』に書かれている628年の皆既日食や616年の金環日食の記録は、これまで信憑性が疑われていましたが、今回の調査対象になった601年のアンティオキアの皆既日食の記録とぴったりと一致することがわかりました。
この研究成果は、地球の自転速度は一定のペースで遅くなってきたとするこれまでの研究を見直すきっかけになりそうです。研究チームは、引き続き、ビザンツ帝国や周辺の地域の天文記録を調査して、他の時代についても同じような研究を進めています。
過去の地球自転速度の長期的な変動がより正確にわかれば、海面変動や、地球の内部構造の変化、極地の氷の増減など、長期的な地球環境の変化がわかるかもしれません。また、天文現象と結びつけられた歴史的な事件や、そうした天文現象を記録として残した社会の特徴などについても何かわかるのではないかと期待されています。
文