【2022年ノーベル生理学・医学賞/速報解説】絶滅した古代人のゲノムを解読して、人類進化に関するさまざまな発見を成し遂げた

2022年生理学・医学賞 スバンテ・ペーボ(マックス・プランク進化人類学研究所)

古代人の骨からDNAを抽出し、その解読に挑戦

 私たちホモ・サピエンスはどのように進化してきたのか? その答えを探るため、すでに絶滅した古代人の研究が盛んに行われてきましたが、数万年以上も前に地球にいた人類であるため、その研究はもっぱら発掘された骨の形を調べることで進められてきました。

 こうした研究でも私たちと絶滅した古代人の関係性は推測できるとはいえ、現代に生きている生物のように遺伝子を解析できれば、人類がたどった進化の道筋をより詳しく明らかにすることができるでしょう。マックス・プランク進化人類学研究所所長で、日本の沖縄科学技術大学院大学の客員教授も務めるスバンテ・ペーボ博士は、こうした考えのもと、ネアンデルタール人などの古代人のゲノム解読に成功し、人類進化に関する数々の発見を成し遂げました。その功績に、2022年の生理学医学賞が贈られることになりました。

ネアンデルタール人のDNA解読への道のり

 ペーボ博士は、約40万年から約3万年前までヨーロッパから西アジアにかけて暮らしていたネアンデルタール人のDNAの解読に取り組みました。1856年にドイツで発掘されたネアンデルタール人の骨を用いて、エネルギー生産に関わる細胞内小器官のミトコンドリア中のDNAの解読を試みたのですが、化石化した人骨の中のDNAはバラバラになっている上、地中の微生物のDNAも混じっていて、その解読は困難を極めました。それでもペーボ博士は、ネアンデルタール人のDNAを抽出する技術を考案して、1997年に解読に成功しました。

 ただし、ミトコンドリア中のDNAは1万6500塩基対ほどしかなく、母親からは遺伝しないことから、ペーボ博士は約30億塩基対ある細胞核のDNAの解読に取り組みました。10年以上の研究の末、2010年に核DNAの大まかな解読に成功。その結果、ネアンデルタール人はアフリカ人よりもアジア人、ヨーロッパ人に近く、ユーラシア大陸の人々のゲノムの1~2%がネアンデルタール人由来であることを突き止めました。

ペーボ博士は最初に、ネアンデルタール人のミトコンドリアDNAの解読に成功。次に、より長く、変異の情報などが保存されている細胞核のDNAの解読に挑戦した。人骨には地中の微生物のDNAが混ざっていたが、核DNAだけを抽出し、その解読にも成功した。(画像/ノーベル財団プレスリリースを一部改変)

現代人のDNAに古代人由来のDNAを見つけた!

 さらにペーボ博士は、2008年にシベリア南部のデニソワ洞窟で発掘された約4万年前の指の骨に含まれていたDNAの解読に取り組みました。幸い、このDNAは非常に保存状態がよかったことから解読に成功。そしてネアンデルタール人や現代人のものと比較すると、そのDNAの配列は独特であったことから、これまで知られていなかったヒト属、デニソワ人として発表しました。

 メラネシア(オーストラリア北東部の島々)や東南アジアの人々のDNAの1~6%がデニソワ人由来であることも明らかになり、ペーボ博士の一連の研究によって、アフリカを起点として全世界に広がっていったホモ・サピエンスが、ユーラシア大陸の西側でネアンデルタール人と、東側でデニソワ人と交雑していたことがわかったのです。

アフリカから全世界に進出したホモ・サピエンスは、ユーラシア大陸の西側でネアンデルタール人と、東側でデニソワ人と交雑。その結果、ユーラシア大陸の人々のDNAの1~2%はネアンデルタール人由来で、メラネシア(オーストラリア北東部の島々)や東南アジアの人々のDNAの1~6%はデニソワ人由来の配列であることが明らかになった。(画像/ノーベル財団プレスリリースを一部改変)

 このようにして「私たちはどこから来たのか」という疑問に対するひとつの答を示したという点で、ペーボ博士の研究はノーベル賞を受賞するに値する重要な研究といえるでしょう。

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斉藤勝司 著者の記事一覧

サイエンスライター。1968年、大阪府生まれ。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業後、ライターとなり、最新の研究成果を取材し、科学雑誌を中心に記事を発表している。著書に『がん治療の正しい知識』、『寄生虫の奇妙な世界』、『イヌとネコの体の不思議』、『群れるいきもの』などがある。

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