地球の表面は、約70%が海に覆われています。そして海の約98%は、水深が200mよりも深い「深海」です。深海は、太陽の光が届かない暗黒の世界です。また、水圧が高く、水温が低いため、生物が暮らすにはとても過酷な環境です。深海の中でも水深が6000mより深い海は「超深海(ヘイダル)」と呼ばれます。超深海を構成するのは主に海溝です。超深海は海全体の約2%を占め、その多くは西太平洋に広がっています。
水圧は、水深が10m深くなるごとに1気圧増えます。つまり6000mの超深海では600気圧、1万mでは1000気圧という凄まじい水圧がかかることになります。そのため、超深海は宇宙よりも過酷な環境といわれ、調査があまり進んでいません。
この度、名古屋大学大学院環境学研究科の道林克禎(みちばやし・かつよし)教授は、アラン・ジェミイソン教授(西オーストラリア大学、首席研究者)、北里洋博士(東京海洋大学、日本側研究代表)、藤原義弘上席研究員(海洋研究開発機構)らとの共同研究で、日本周辺の超深海海溝域の調査を実施しました。そして、8月13日に小笠原海溝の最深部に潜航して、水深9801mに到達しました。
今回の調査は、母船プレッシャードロップ号とフルデプス有人潜水船リミッティングファクター号による、海溝最深部調査(Ring of Fire Expedition 2022)の一環として実施されました。調査の目的は、日本周辺の超深海海溝における地質と地形、および超深海の生物観察です。
8月13日午前8時、道林教授は、パイロットである冒険家のヴィクター・ヴェスコヴォ氏とともに、母船プレッシャードロップ号からリミッティングファクター号に乗船。およそ4時間後の午前11時51分に、水深9801mの泥に覆われた海底に到着しました。海底では、海溝最深部と西側陸側斜面の地形地質、マントルを構成するカンラン岩などの岩石、および深海に棲む生物の観察を行いました。そして午後2時23分に海底を離れ、午後5時20分に海面に浮上。午後5時40分に下船しました。
この9801mという深さは日本人の最深潜航記録で、それまで東京水産大学(現在の東京海洋大学)の故・佐々木忠義教授が持っていた記録を60年ぶりに更新しました。佐々木教授は、1962年にフランスの有人潜水船アルシメード号(アルキメデス号)に乗船し、千島・カムチャッカ海溝の最深部である水深9545mまで潜航しました。道林教授は、この記録を256m更新したのです。また、これまで小笠原海溝の最深部は9780mとされてきましたが、今回の調査によってそれよりも深いことが明らかになりました。
海洋の最深部まで潜航できる有人潜水船は、現在、世界で2艘しかありません。道林教授が乗船したリミッティングファクター号はそのうちの1艘で、全海洋の最深部まで有人で潜航することを目的として建造されました。2018年から運用が始まり、ヴィクター・ヴェスコヴォ氏によって、太平洋、大西洋、インド洋、北極海、南極海の五大洋すべての最深部に潜航したギネス記録を持っています。まだまだ未知の深海の世界、今後の調査にも期待がかかります。
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