火星探査機インサイトが推定M5の地震をキャッチ! 火星の地震観測からわかることとは?

NASAの火星探査機インサイト(InSight)は2022年5月、推定マグニチュード(M)5の観測史上最大の地震をキャッチしました。2018年11月に火星に到着したインサイトはもうすぐミッション終了を迎える状況ですが、これまで1300回以上もの地震を観測してきました。火星の地震観測から、どんなことがわかるのでしょうか?

火星探査機インサイトの活躍

 火星表面から火星の内部構造について調べるミッションにあたってきた、NASA(アメリカ航空宇宙局)の火星探査機インサイト。インサイトは現在、その使命を終えつつあります。2020年末に当初予定していた科学探査の目的を達成した後、2022年12月を期限とした延長ミッションが設定され、太陽電池の発電能力低下の問題などを抱えながら、ギリギリの活動を続けています。

 そうしたインサイトの状況を火星が知っていたかどうかはわかりませんが、2022年5月4日、インサイトが2019年4月に初めて地震を観測して以降、最大のマグニチュードとなる推定M5の地震(火震※)を観測することに成功しました。

※地震を意味するearthquakeの「earth」は「大地・地球」の意味なので、火星の地震は「火震(marsquake)と呼ばれることがあります

火星で2022年5月4日に観測された過去最大の推定M5の地震の観測データ。火星全体を揺らして6時間以上に渡って振動が続いた。火星のような乾燥した地殻では、音波が直線的に伝わらず散乱して鳴り続けるため、地震が長く続くことがあると考えられている。(©NASA/JPL-Caltech/ETH Zurich)

 インサイトが火星に地震計を設置したのは、2018年12月。それから5年半あまり経ち、その間に計測された地震は1300回以上を数えます。インサイトの観測結果からどんなことがわかるのか、インサイトの活動停止を目前に控えた今、改めて解説していきましょう。

1300回の観測からわかること① 頻度と規模

インサイトが火星に設置した、CNES(フランス国立宇宙センター)開発の地震計(SEIS)。SEISは感度が高く、火星の風はもとより、インサイト自身が動かすロボットアームの稼働音など、さまざまな振動を拾う。そのため、観測チームは、火星の地震によるものかどうか振動(音)を見分け、1300回以上の地震を判別した。(©NASA/JPL-Caltech)

 地球ではほぼ毎日、規模の大小は別にして何らかの地震が発生しています。例えば、気象庁が毎週金曜日に発表している週間地震概況を見ると、日本だけでも5月27日に3つ、28日に1つ、29日に3つ、30日に1つ、31日に6つ、6月1日に5つ、2日に5つと1週間で計24の地震が発生していることがかります(2022年No.22 全国版【令和04年05月27日〜令和04年06月02日発生分】)。

 地震による災害を少しでも減らすためにかすかな地震をもキャッチしようと、観測網が全国に張り巡らされているという背景もありますが、地球内部でさまざまな地殻変動が起きていることの表れといえるでしょう。

 インサイトが最初に火星の地震と見られる振動を観測したのは、2019年4月6日。火星到達から128日目のことでした。2022年5月4日(火星到達から1222日目)に推定M5の地震を観測するまでにキャッチした地震は、計1313回に及びます。単純計算で、火星では、インサイトが検知できる地震が1日当たり1.2回ほど発生していることになります。

 また、2022年5月に推定M5の地震が観測される以前は、2021年8月25日に観測された推定M4.2の地震が最大のものでした。これらのことから、地球の観測体制との違いがあるので単純に比較するのは危険ですが、火星での地震の発生頻度と規模は、地球より低いと考えることができるかもしれません。火星は将来、人類が送り込まれるかもしれない惑星です。そのとき、火星における地震の被害はあまり心配する必要はないかもしれません。

 ちなみにですが、火星以外でも、太陽の日震、月の月震のほか、はるか遠くの恒星でも星震と呼ばれる天体の振動現象は確認されています。惑星では、火星以外に金星でも地震が確認されています。

1300回の観測からわかること② 発生場所

 判別された1300以上の地震のうち、50ほどの地震は、発生地点を割り出すのに十分なシグナルを持っていました。そのなかでも、2021年後半以降に観測された計6つの規模の大きい地震は、過去200万年以内に火山活動があったと考えられているケルベルス地溝帯で起きていたことがわかりました。

エリシウム平原(Elysium Planitia)に位置するインサイト(InSight)とケルベルス地溝帯(Cerberus Fossae)の位置関係。経度で30度ほど離れている。(©MOLA Science Team)

 ケルベルス地溝帯のなかでも、特にインサイトから1600kmほど離れた地域では、最近まで火山活動が起きていたとする研究も発表されています。火星で起きている地震は、かつて続いていた火山活動が冷える過程で地殻が冷えて縮むことで亀裂が入るのが原因とみられていますが、火星内部では火山性の活動が続いていて、それが火山性地震を引き起こしている可能性もあるのかもしれません。

ケルベルス地溝帯のうち、最近まで火山活動が続いていたとみられる地域。(©NASA/JPL/MSSS/The Murray Lab)

 ケルベルス地溝帯以外でも地震は起きているようです。2021年8月25日の過去2番目の推定M4.2の地震は、同じ日に起きた推定M4.1の地震よりも遠く、インサイトから8500km離れた場所で起きました。長さが4000kmに達する巨大なマリネリス渓谷の中で起きた可能性も指摘されています。2つの地震はタイプも異なっており、推定M4.2の地震は低周波のゆっくりとした振動、推定M4.1の地震は高周波の速い振動でした。地震を引き起こした力の加わり方が異なるのか、異なる地殻の環境が関係しているのか、火星の内部はまだまだ謎に包まれているといます。

1300回の観測からわかること③ 火星の内部構造

 観測される地震波は、火星の内部構造を知るための大きな手掛かりになります。例えば、火星の内部は均一ではなく、地球のように地殻やマントル、コアなど、物理的に異なる状態に分かれていますが、その場合、地震波は境界部分で反射したり、屈折したりして火星の内部を伝わるので、地震波に含まれる振動を詳しく調べることで、それらの層が位置する深さや厚さ、密度など、組成に関する情報を得ることができます。

2019年7月25日にインサイトがキャッチした地震波。左から右に時間が経過する中で、最初に届いたのがP波、そして振幅の大きいS波が到着したことがわかる。地震波の場合はこのように最初にP波、S波が観測され、これから遅れて地殻とマントルなどの境界部分で反射してきた振動をキャッチ。これらの振動の到達時間の差から境界部分の深さを知ることができる。(©NASA/JPL-Caltech)

 インサイトの観測チームは、2021年7月の科学雑誌サイエンス誌にインサイトが観測した地震から明らかになった火星の内部構造(地殻、マントル、コア)に関する論文を3つ発表しています。それまでに記録された733回の火山性地震のうち、推定M3.0〜4.0の約35回の観測データを元に解析されています。

 まず、地殻については、予想していたよりも薄く、2層か3層に分かれている可能性があることがわかりました。地殻の厚さは、2層であれば20km、3層であれば37kmの深さまで続いています。

 また、地殻の下のマントルは、火星表面から1560kmの深さにまで広がっていることがわかりました。そして、火星の中心・コアの半径は1830kmで、地震波から、コアは溶融した状態であることも確認されました。

最新の研究で明らかになった火星内部の想像図。(© IPGP / David Ducros)

 火星の半径はおよそ3400kmですから、中心部のコアはその半分以上を占めていることになります。火星の内部構造は、これまでは火星を周回する探査機や火星からの隕石などから推測するしかなく、地殻の厚さは30〜100kmと推定され、半径1400〜2000kmのコアの存在が示唆されていただけでした。インサイトの地震観測データによって、火星の新しい姿が見えてきたのです。今回計測された地震のデータからも、これからさまざま新発見がもたらされるでしょう。

インサイトはまもなくミッション終了

 このように新しい発見をもたらしてくれたインサイトですが、すでに発電能力はセーフモードを発動する限界値を下回る状況になっています。2022年5月に公開された下の写真が、インサイトの最後の自撮り画像になりました。火星はこれから冬を迎えますが、冬の火星は空気中の塵が多くなって太陽光を遮ってしまうため、インサイトの発電能力はさらに低下してしまう見込みです。

ミッション継続の限界を目前にした2022年5月に公開された、インサイトの最後の自撮りとなる1枚。本体はすっかり
ちり
に覆われてしまっている。(©NASA/JPL-Caltech)

(TOP画像/©NASA/JPL-Caltech)

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サイエンスライター。1960年、神奈川県出身。東京工業大学理学部卒。新聞社科学記者を経て、川巻獏のペンネームで執筆活動をしている。自然科学からテクノロジーまで幅広い分野をカバー。宇宙・天文学分野を中心に活動している。

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