学校などで毎日使うとても身近なえんぴつや消しゴムについて、深く考えたことはありますか?
実は科学や数学ともかかわりの深い文房具について「文具王
」として知られ、自身も「子供の科学」のファンだという高畑正幸
さんにインタビュー。今回は、どのようにして文具王になったのか、これまでの活動のお話や今後の展望
、また商品に隠された文房具の知識についてもお話をうかがいました。
「文具王」になるまでとこれから
−まずは、どのようにして「文具王」になったのか教えてください。
小さい頃から図画工作が好きだったのですが、とくに小学校の理科の授業では、しかけ絵本のように動かせるノートを切り貼りして作っていたんです。そのようなノートを作るために、文房具をたくさんそろえていました。
中学生になったころ「ビー・ツール・マガジン」という文房具の専門誌
が発売されたのですが、それを読んで自分でも同じように文房具のことを伝えたいと思いました。困ったときに、便利な道具で解決できる場面がたくさんありますよね。そのことを知ってもらおうと、勉強で役に立つ文房具を手描きの絵と説明文で紹介するコラムを生徒会報
に載
せていました。
大学時代には、その延長で文房具を詳しく解説する小冊子を作りはじめました。それを文具メーカーの人に見せたところ、「ホームページを作ってみたら?」とアドバイスをいただいて。ホームページを開設
したところ、テレビ東京の番組「TVチャンピオン」の「全国文房具通選手権
」に出てみませんか、と連絡があったんです。1999年、2001年、2005年の3連続で優勝して「文具王」と呼ばれるようになりました。
−文具メーカーに勤めるきっかけから独立するまでの経緯を教えてください。
「TVチャンピオン」の決勝戦に残った3人のうち1人が、文具メーカーの部長だったんです。番組ではライバルですが、楽屋で「どんな文具が好き?」とか、「何の勉強をしているの?」とか、いろんな話をしていました。番組が終わる頃にはすっかり仲良くなって、文具メーカーに入社することに決まっていました。今思えば、楽屋トークが面接試験のようなものだったんですね。僕が優勝だったので、もちろん番組では勝ったんですけど、会社ではずっとその人の部下でしたね(笑)。
しばらくは会社に務めながら、実演販売
をやったり、原稿
を書いたりしていたのですが、文具王としての活動が増えてくると会社員と両立するのが厳しくなってきてしまったんです。会社の方から、独立したほうが仕事がやりやすいんじゃないの、と声をかけてもらって、独立してからも週2回は同文具メーカーでも仕事をしています。
−これから、文具王としてどのような活動をしていきたいですか?
日本の文房具は世界から見てもレベルが高いんです。切り立った山ときれいな水が豊富な日本は紙づくりに適していて、江戸時代には庶民もみんな本を読むことができました。ヨーロッパで使われていた羊皮紙
だと、1頭から8ページくらいしか取れない貴重なもので、貴族のためのものでした。
そういった歴史もあって、海外ではもともと高価な商品がだんだんと庶民向けに変わっていくものなのですが、日本はすごい技術がつまった商品がいきなり低価格で送り出されるわけです。多くの人が、紙にこだわっていたり、ペンの書き心地にこだわっていたりと文房具の良し悪しを判断できるので品質が高いんです。世界でほかにこんな国はないですよ。
そんな日本のすごさを伝えるために、香港
や台湾
に足を運んでいましたが、この状況で行けなくなってしまいました。コロナが落ち着いたら、将来的にはもっと海外に日本の文房具の魅力
を広めていきたいですね。
―高畑さんの著書「文房具語辞典」の執筆のウラ話を教えて下さい。
文房具についてまとめた本が、何十年も前に出版されたものしかなくて、今その時代にはない文房具がたくさんあるんです。だからこそ、今の時代の文房具をまとめたいという思いがありました。そして、正しい知識を自分でも得たかったですし、みなさんに伝えたいと思いました。
古い文献や海外の本を調べていくと、これまで正しいとされていたことが間違っていたということも少なくないんです。たとえば、イギリスの化学者のジョゼフ・プリーストリーが消しゴムの発見者だとされているのが一般的です。ところが彼が書いた原文を読むと、「文具商から買ったゴムで文字がよく消える」って書いてあるだけなんですね。それってただの商品レビューじゃないですか。消しゴムひとつにしても、そういったことまで確認する必要がありました。
そして正しい情報はインターネットには載っていないことが多いんです。歴史を調べるとインターネットに誰も書いていないこともたくさんあるので、さかのぼって古い文献や現物をなるべく買い集めました。1単語につき200〜300文字の短い説明文なのですが、こうやって丁寧に調べていくと、本の完成まで2年半もかかってしまいました。
でもその作業はとってもおもしろかったですね。おかげで、ずいぶんくわしくなりました。また、科学的な技術がたくさんつまった文房具ですから、その話もあいまいにせずにきちんと説明しようということも心がけました。
文房具の入門書として、誰が読んでもわかる本にしたかったので、書かれているのは身近な道具の話ばかりです。色んな仕掛けを入れ込んでいますので、ぜひ細かく読んでほしいですね。
知って楽しい文房具の話
読者のみなさんに、いまおすすめしたい商品について教えていただきました。何気なく使っている文房具に科学や数学の考え方や、たくさんの歴史が詰まっていることがわかる商品ばかりです。
■フィットカットカーブ/PLUS
どこで測っても角度が同じになるという、数学者ベルヌーイの「対数
らせん」の研究を参考に、根元でも刃先でも刃のどの部分で切っても自然と約30度に開くように設計されているはさみです。30度は対象物をしっかりとつかまえるための最適な刃角度。一般的なはさみだと、先端で切るとどうしても重くなってしまうので、まんなかの切りやすい部分で何度も開閉
しながら切るのが普通ですが、こちらは端まで一定の切れ味なんです。特に厚紙で刃の先端まで使って切ったときにすっと切れるのが特徴です。
はさみの先端を開いたほうが切りやすいことはこれまでにも知られていましたし、実際そういうはさみもありました。しかし、それを科学や数学で考えることが大切なんですね。そういうことが世の中にたくさんあって、歯車でも、静かな歯車を作る人はいたのですが、それをインボリュート曲線を使ってだれが作ってもいいものができるようになったのも同じです。
ぜひ、家にあるはさみと切り比べてみて、切れ味がよくないはさみは、なぜよくないのかということも考えてみてください。
■ジェットストリーム エッジ/uni
油性では世界最小のボール径0.28mmのボールペンです。ここまで細くできたというのがすごいんですよ。水性はボールが紙に触れたときに毛細管現象
で液体が出てくるしくみですが、油性はボールに粘性
のあるインクをつけてボールが転がることによって文字が書けるんですね。すごく小さいボールにすると、粘性が高いインクが出てこなくなってしまうんです。このペンはインクが出るように粘性を低く調整しています。
ボールのサイズについて、あまりピンと来ないかもしれませんが、日本で細字のペンは一般的には0.7mmで、かつて三菱から0.18mmというサイズのゲルインクボールペンが発売されたことがあったのですが、その大きさの比率って、だいたい地球と月と同じくらいの差があるんです。だから体積にすると何十倍もちがうし、同じように転がるわけがないんです。細くするのってとてもむずかしいことなんですよ。
■ユニボール ワン/uni
これはインクがとても黒いんです。同じ黒のボールペンでも、色の違いがあることを知っていますか? 塗り比べてみるとよくわかると思うのですが、赤みがかった黒や青っぽく見える黒、表面の光り具合もペンによって違います。このインクは粒子
が大きく紙に染み込みにくく、紙の上に残る粒子の量が多いために黒く見えるんです。紙に沈まないということは裏写りもしにくいんですよ。
このペンで書いた字はとてもはっきりと見えます。ペンを選ぶときに「書きやすさ」を重視しがちですが、レポートや宿題など、誰かに見てもらう文書の場合は、「読みやすさ」で選ぶことも大事です。
次回は、文具王のYoutube制作のウラも大公開! また、引き続きおすすめ文房具も紹介もあるのでお楽しみに!
(取材・文/松井美穂子 写真/高畠正人)
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