『子供の科学』本誌の人気連載「ポケデン」で、毎月おもしろい電子工作作品を紹介している伊藤尚未
先生。電子工作をつくったことがないという人でも、誌面に載っている作品を見て「おもしろそう!」「なんかすごい!」「よくこんな工作のアイディアが思いつくなぁ」など、何か感じるものがあるのではないでしょうか? 伊藤先生は、「メディアアーティスト」という仕事で活躍しています。コカネットでは、子供の科学本誌の「ポケデンの先生」とは違う顔、「メディアアーティスト・伊藤尚未」として、今注目されているメディアアートについて、その創作現場をみなさんに紹介していただきます!
世の中にはいろいろな職業がありますが、私、伊藤尚未はメディアアーティストという仕事をしています。アート、芸術というとわかりにくいものと思われがちですが、その中でもメディアアートは比較的わかりやすいものではないかと思っています。
まずメディアアートとは何なのか?
伊藤なりにひも解いていこうと思います。
メディアアートとはなんだろう?
メディアアートとはなんなのか。アートというからには美術、芸術表現のひとつでしょう。ただし、キャンバスに絵具を塗ったり、木や石を彫ったりする作品表現ではなさそうです。
アートとは?芸術とは?という話をすると終わりがなさそうなので、メディアアートを少々乱暴に一言で表してみますと、「新しいメディア、技術、装置を使った作品表現」といういい方ができるでしょう。コンピューターを使ったり、センサーや制御システム、さらにはAIやインターネットを使ったものまで含みます。
例えば、建築物や空間全体をコンピューターグラフィクス(CG)のプロジェクションマッピングで照らし出し、非日常的な空間をつくり出すイベントや、記憶に新しいところでは東京オリンピック開会式のドローンパフォーマンス、あるいは新宿のディスプレイに出現した巨大ネコなども、メディアアートのひとつといえますね。
また、プロジェクション技術をインタラクティブに使ったり、3Dプリンターなどさまざまな最新技術を駆使
して作品をつくる、個人で活動している作家や、作家が集まったチームも多くなってきました。作品をもとに商品化されたものもありますし、美術館やギャラリーでないと見ることができないものもあります。
メディアアートの境界
は広がりつつ、また定義もあいまいになってきているということでしょうか。
ここで、YouTubeで公開されているメディアアーティストの作品をいくつか見てみましょう。
こうした作品は、電子工作やプログラミングに興味がある読者にとっては、非常になじみやすいものではないでしょうか?
でも、これって普通に科学に取り組んだり、技術開発したりするのと同じことじゃないの? といわれると、そうなんです。実は手法、技法は変わらないのです。 変わるとしたら目的でしょう。
科学が物事のしくみや成り立ちを探求するものであれば、芸術は自分の意識やイメージを探求するものといってもいいでしょう。
とはいっても、実はその本質は同じことではないか、と伊藤は考えています。科学も芸術も、そこに「ナゼ?」「なに?」という疑問や興味があるからこその人間の活動だ、と思うからです。
私は、科学技術を取り入れた表現活動としてメディアアートに魅力を感じ、この仕事を選びました。
科学とアートの融合
歴史を見てみると、例えば映像の世界では写真技術が発達し、映画がつくられるようになり、もちろんそれらは報道、記録という大きな役割を果たすことになりますが、エンターテイメントの世界にも大きな役割を果たしました。
映画館ができ、テレビが普及することで映像を楽しむ娯楽文化が浸透
し、ビデオカメラが一般にも入手可能になったことで、つくる道具と表現する道具が普通の人にも使える環境となり、映像をアート作品としてつくるようになりました。さらにコンピューターが発展すると、コンピューターグラフィクス、動きや光、音を含め、空間を制御するような作品もつくられ、アートとしての表現の可能性を広げました。
それら科学技術を応用したアート活動を「ハイテクノロジーアート」と総称
していたのは1970~80年代ですが、今ではこれらをメディアアート呼んでいます。
アーティストの立場に立てば、科学的な現象や法則を応用すると、もっとおもしろい表現ができるということがわかってきたわけです。
実は連載中のポケデンにも、このエッセンスを少し加えています。
例えば、子供の科学2021年12月号の作品「ミカタヲカエレバ」では、光の混色を時間軸で切り取るようなしくみを使い、2019年1月号の「ザンゾースティック」では、3原色の混色をやはり時間軸で混色、分解しています。
2021年8月号の「キャラメルハウリンガー」に至っては、普通では不要で避けたい現象をあえて出すことで楽しんでしまえ、という発想の作品。いたずらゴコロもアートのエッセンスです。
理科は理科、図工は図工、音楽は音楽と分けずに、いろいろなものを融合
することでおもしろさは倍増します。さらにいえば、モノづくりはモノを扱うことで物理現象や素材の特性を知ることができ、形を考える上で数学や図学、また、いろいろな世界を奥深く結び付けることでさらにおもしろいモノができていきます。
科学とアートの融合自体が、今のメディアアートのおもしろさになっています。
作品づくりに必要な技術
メディアアーティストという仕事に興味をもっていただけましたか? ここで、作品をつくるために必要な技術についても触れておきましょう。
なにか具体的にモノをつくるためには、2つの技術が必要だと考えています。
ひとつは道具や装置、機械などテクノロジーに関わるもの。工具や加工機械、部品や材料のことです。
紙を切るハサミ、ねじを回すドライバー、ハンダごて、ニッパー、ペンチ、さらにコンピューター、プロジェクター、3Dプリンターなどの機械類、そしてそれぞれを動かすためのソフトウェアやネットワーク環境などいろいろです。
作品としての仕上がりがどのような形になるのか、展示や見せ方、環境などもイメージし、何をどう表現するのか、適切な技術を選ぶことが重要です。
もうひとつは手先の技術、テクニック。これは自分のスキル、能力です。道具をいかに使いこなすかによって、作品の仕上げのクオリティが変わります。
「私にはできない」と思い込んでいる人もいますが、まずそれは捨てましょう。誰でも最初は初心者なのです。できなくて、下手で当たり前です。トレーニング、訓練というとカタいですが、「好きこそものの上手なれ」というぐらいで、何回も続けることで、腕は上がっていきます。
例えば、電子工作に必要なハンダ付けの技術は、少し練習すればある程度できるようになります。いくつも電子工作をつくっていくうちに、どんどんうまくなります。プログラミングも同じです。慣れていくと効率の良いプログラムの組み方が自然と身についてきます。
少なくとも初めから諦
めたり、逃げたりせず、まずは手を動かしてみることをおすすめします。
発想とモノづくり
さて、モノづくりの2つの技術に加えて、メディアアートの作品を創作するのにあとひとつ必要なものは、発想です。
何をつくればおもしろいのか? どんな形で表現しようか?
メディアアートやモノづくり、科学や自然などに興味があっても、自分で独創的
なものをつくれといわれると困りますよね。
目の前に粘土があれば、いろいろこねくり回しているうちに、なにかをつくり出す人もいるでしょうけど、多くの人は考えこんじゃいますね。なにかテーマが与えられればアイデアが浮かぶ人もいるでしょうし、テーマに縛
られたくない人もいるでしょう。
発想のきっかけは人それぞれです。だからまずは、何かにとりかかってみるのがいいかもしれません。粘土をこねながらマルをつくったり、四角つくったりするだけでもいい。紙にマル描いたり、四角を描いてもいいでしょう。ことばでもいいです、意味のない線でもいいです。そこから何かを連想するとさらにいいです。そういうことから、発想を引き起こすこともできるでしょう。
人によっては目をつぶって腕を組んで考えてもいいでしょう。頭の中になにか想像してもいいでしょう。それができたらそのイメージを紙に描いてみましょう。さらに具体的になっていくはずです。
とはいえ、実は発想もトレーニングが必要です。ただし、このトレーニングの仕方は確立されていません。少なくとも物事を見るとき、いろいろな角度から見るようにするところから始めるとよいのではないかと思ってます。
いろいろなアイデアやイメージ、考えを頭の隅
にストックしておき、取り出してみたり、しばらく置いてみたりします。モノづくりでいろいろな失敗を繰り返すことでつくり方がわかり、そのつくり方がアタマの隅に置いておいたアイデアと結びつくこともあります(なかなか頭の中で起こっていることを伝えるのはむずかしいのですが……)。
ひとつのものの形、色、質感、用途、名前、重さ、つくり方などなど、さまざまな要素を洗い出し、自分なりに分析し、自分がそのものになりきって、もしそれだったらどうするか? どんなことを考えるか? とか、物語を考えてみてもいいでしょう。
「思いつかない」という思い込みをまず捨てましょう。いろいろな角度からものを見る、という意識をもつだけで、見えてくるものがあるはずです。
こうしたことが発想のトレーニングになります。
メディアアーティスト・八谷和彦の創作現場を追います
メディアアーティストの八谷和彦さんは、1997年、電子メールのシステムに「動物がお手紙を運ぶ」というシチュエーションを結び付け「ポストペット」というソフトを開発し、社会現象を引き起こした人です。情報伝達という便利な機能と、「動物と遊ぶ」という遊び心を融合させた作品で、キャラクターの可愛らしさもあり、非常に多くの人に使われました。
また、子供の科学2021年9月号「空飛ぶ未来の乗り物」特集では、アニメ映画『風の谷のナウシカ』に登場するメーヴェをつくり上げたメディアアーティストとして登場しています。
現在、八谷さんはリアルな動物を撮影し、3DVR映像の作品をつくるプロジェクトを進行中です。まずは動物園で、実際の動物たちを撮影することになり、実は動物園の飼育員もしている伊藤も協力させていただきました。
次回からは、いよいよメディアアーティストの創作現場へ。八谷さんの作品がどのようにつくられていくのか、八谷さんの取材から制作のメイキングを追いかけていきたいと思っています。私もどのように作品が仕上がっていくのか、たいへん楽しみです。
乞うご期待!
文