【2021年ノーベル物理学賞/速報解説】地球温暖化などの複雑な現象を理解する方法を示した

2021年物理学賞 真鍋
まなべ淑郎
しゅくろう
博士(アメリカ・プリンストン大学)、クラウス・ハッセルマン博士(ドイツ・マックスプランク気象学研究所)、ジョルジュ・パリ―ジ博士(イタリア・ローマ・サンピエンツァ大学)

 私たちの身の回りにはとても複雑で、一見、科学的な分析ができないように思える現象があります。今年のノーベル物理学賞は複雑な現象を理解する方法を示した3人の研究者に贈られると発表されました。

 その複雑な現象の一つが、現在、大きな問題になっている地球温暖化です。地球内部の火山活動によってもたらされる熱の影響もゼロではありませんが、私たち人間を含め、地球上の生物が温暖な環境で生活できるのは太陽から届く熱のおかげです。

 太陽からの熱はずっと地球にとどまっているわけではなく、赤外線として宇宙に逃げていくことにより(これを「赤外放射」といいます)、地球は適度な気温に保たれているのですが、人類が石油や石炭といった化石燃料を利用することで、大量の二酸化炭素を放出。大気中の二酸化炭素濃度を高めてしまいました。二酸化炭素には熱を保持する温室効果ガスがあるため、二酸化炭素濃度が上昇することで、本来、宇宙に逃げていくはずの熱が、地球の大気中にとどまり、地球温暖化が進行しているのです。

 そのため二酸化炭素濃度の上昇に応じて地球の気温がどれほど上昇するのかが予測されており、この予測に、2021年の物理学賞を受賞することになった、アメリカのプリンストン大学の真鍋淑郎博士、ドイツのマックス・プランク気象学研究所のクラウス・ハッセルマン博士が開発した数理モデルが利用されているのです。

 1958年に東京大学で博士学位を取得した真鍋博士はアメリカに渡り、気候を予測する数理モデルの研究に取り組みました。それ以前にも地球の気候を物理現象として理解しようとする研究が行われていましたが、太陽からの熱と宇宙へ逃げていく熱のバランスに注目した研究だっ たため、真鍋博士は大気の流れや水蒸気に蓄えられた熱(潜熱)などの影響を加えたモデルを開発して、地球温暖化を予測するための気候モデルの基礎を築きました。

真鍋博士の気候モデル
太陽からもたらされた熱は「赤外放射」となって宇宙に逃げていきますが、こうした熱のバランスだけでなく、真鍋博士は大気の流れや水蒸気に蓄えられた熱(潜熱)などの影響を加えたモデルを開発した。

 さらにハッセルマン博士は、温室効果ガスや火山の噴火などが気温の変動に影響を与える要因を切り分けることにより、人間活動によって地球温暖化が引き起こされていることを示しました。こうして真鍋博士、ハッセルマン博士の貢献によって開発された気候モデルは、地球温暖化の予測になくてはならないものになっています。

 一方、真鍋博士、ハッセルマン博士と一緒に物理学賞を受賞することになった、イタリアのローマ・サンピエンツァ大学のジョルジュ・パリ―ジ博士は、1980年ごろ、複雑な素材に隠されたパターンがあることを発見しました。この発見は「複雑系」と呼ばれる研究分野における最も重要な成果と考えられており、物理学はもちろんのこと、数学、生物学、神経科学、さらには人工知能を開発するための機械学習などにも役立てられています。

 パリ―ジ博士の研究は、地球温暖化を予測できるようにした真鍋博士、ハッセルマン博士の気象学の研究とは異なるように思えるかもしれませんが、いずれも複雑な現象を私たちが理解するのに貢献する研究を行ったという点で共通しており、今年、同時に受賞することになりました。

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斉藤勝司 著者の記事一覧

サイエンスライター。1968年、大阪府生まれ。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業後、ライターとなり、最新の研究成果を取材し、科学雑誌を中心に記事を発表している。著書に『がん治療の正しい知識』、『寄生虫の奇妙な世界』、『イヌとネコの体の不思議』、『群れるいきもの』などがある。

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