『DinoScience 恐竜科学博~ララミディア大陸の恐竜物語』開催記念 恐竜くんインタビュー【後編】 「全身の8割が保存された奇跡のトリケラトプス『レイン』を目撃してほしい」

現在、横浜で開催中の「DinoScience
ディノサイエンス
恐竜科学博」。最新の研究成果を取り入れ、恐竜がいかなる生物だったのかを紹介する、これまでにない恐竜展だ。その展示の目玉になっているのが、トリケラトプス「レイン」の実物全身骨格
じつぶつぜんしんこっかく
だというのだが、「レイン」とはいかなる化石なのだろうか。本展で企画・監修
かんしゅう
を務めた“恐竜くん”こと田中真士さんに紹介してもらったぞ!

恐竜くん(田中真士さん)
サイエンスコミュニケーター。幼い頃に恐竜に魅せられ、16歳で単身カナダに留学。恐竜研究が盛んなアルバータ大学で古生物学を中心に幅広くサイエンスを学ぶ。現在は恐竜展の企画・監修、トークショーやワークショップなどの体験教室の開催、イラスト政策、ロボットや模型製作の監修、恐竜をはじめとする自然科学の執筆、翻訳などを幅広く手掛けている。

「骨格の半分以上が残されたトリケラトプスはこれまで2、3体しか見つかっていません」

――「DinoScience 恐竜科学博」では科学が迫った恐竜の実像
じつぞう
を紹介するため、様々な工夫が
ほどこ
されているようですが、展示の目玉となるトリケラトプスの「レイン」ついて
うかが
わなくてはなりません。「レイン」はどのような化石なのでしょうか?

「DinoScience 恐竜科学博」に展示されているトリケラトプス「レイン」の実物全身骨格

恐竜くん(田中真士さん):「レイン」について紹介する前にトリケラトプスについて少し紹介しておきましょう。トリケラトプスはティラノサウルスに匹敵
ひってき
する有名な恐竜で、1800年代から研究されてきました。ララミディア大陸には数多く生息
せいそく
していたようで、これまでにたくさんの化石が発掘
はっくつ
されています。しかし、一部分だけが見つかる例が多くて、全身骨格の半分ぐらいが保存された化石は、これまで2、3体しか見つかっていないんです。

――そんなに少ないのですか!?

恐竜くん:はい、化石になる過程
かてい
でバラバラになって失われ、一部分しか見つからないことがほとんどでした。しかも、トリケラトプスを思い浮かべてもらえれば分かると思うのですが、すごく立体的
りったいてき
姿形
すがたかたち
をしていますよね。特に頭は立派な角に加えて、フリルも広がっているため、とにかく変形しやすいんです。ところが「レイン」に関しては全身骨格の8割以上が残されていて、さらに、化石に特有の変形もほとんどない。まさに奇跡の化石と言っていいでしょう。

「レイン」を説明する恐竜くん。背後の画像の黒い部分が発掘された「レイン」の骨格だ。いかに「レイン」の保存状態が良いかがわかる

――それほど貴重な化石を「DinoScience 恐竜科学博」で見られるんですね!

恐竜くん:2012年にヒューストン自然科学博物館で展示されて以降、一切動かされたことがなく、アメリカ国内でも巡回展示
じゅんかいてんじ
に一度も出されたことはありません。この機会に「レイン」を目撃してほしいですね。

「最新の研究成果を取り入れて『レイン』の子供の骨格を作製しました

――「DinoScience 恐竜科学博」では科学が明らかにした恐竜の実像を紹介していると伺っています。「レイン」の展示にも何か工夫が凝らされているのでしょうか?

恐竜くん:今回は恐竜を生き物として実感してもらいたいという想いから、「レイン」を
もと
にトリケラトプスの子供の骨格を製作して、まるで子供の「レイン」が体験していると思われる出来事を物語仕立てで展示しています。翼竜
よくりゅう
に興味をひかれて
むれ
からはぐれ、様々な体験を経て群に戻るまでを、骨格のジオラマ展示とイラストで魅力的
みりょくてき
に見せることで、当時の生きものたちの等身大の世界を、小さな恐竜の子と同じ目線でみつめ、体感してもらえるようにしました。こういう展示方法も従来の恐竜展にはなかったと思いますよ。

「レイン」を基に制作されたトリケラトプスの子供の骨格 ※ヒューストン自然科学博物館所蔵

――「レイン」は立派な成体の化石ですね? その「レイン」の子供の骨格はどのように作られたのでしょうか?

恐竜くん:従来、トリケラトプスの子どもの化石は部分的にしか発見されていなかったため、正確な姿はわかりませんでした。だからといって、今回、トリケラトプスの子どもはこんな感じだろう……と勝手に想像して作ったわけではなく、しっかり科学的な裏付
うらづ
けをもって骨格を作りました。

実は近年の研究で、恐竜がどのように成長したのかがかなり詳しく明らかになっているんです。しかも、今回は「レイン」の全身骨格を詳細にスキャンした完全な3Dデータを使い、トリケラトプスの成長に関する研究成果を取り入れることで、幼い頃の姿をコンピュータ上で正確に再現することを試みました。

制作はブラックヒルズ地質学
ちしつがく
研究所が全面的に担当し、3Dデータの扱いには、一部、CGアニメで有名なピクサーのスタッフにも参加してもらっています。恐竜研究が大きく進展し、最新のデジタル技術を活用できるようになった今だからこそできる展示だと言えますね。

「ピーター・ラーソンさんの協力なくして今回の「DinoScience 恐竜科学博」は実現しなかったでしょう」

――トリケラトプスの子供の骨格を作製するのにも協力されたブラックヒルズ地質学研究所のピーター・ラーソンさんはどのような方なのですか?

恐竜くん:今回の「DinoScience 恐竜科学博」はピーターの協力なくしては実現しなかったでしょう。特に「レイン」を借りることができたのは、私の貢献
こうけん
よりも、圧倒的にピーターの功績
こうせき
が大きかったと言っても過言ではありません。

「レイン」を展示しているヒューストン自然科学博物館とは私も付き合いがあって、個人的によく知る学芸員もいます。しかし、いくら知り合いといっても、あれだけの化石の実物を借りることは決して簡単なことではありません。しかし、ピーターは、「レイン」をはじめ、数多くの素晴らしい化石を発掘してきた凄腕
すごうで
の化石ハンターであり、博物館関係者から絶大な信頼を寄せられていて、ピーターの仲立ちがあったからこそ、「レイン」を借りることができました。

――恐竜くんはピーターさんと長い付き合いなんですよね?

恐竜くん:はい。ピーターとの付き合いについて話すとなると、私の恐竜人生を振り返らせてください。私が恐竜に
せられたのは6歳の時のことで、東京・上野にある国立科学博物館に親に連れられて行った時に出会った恐竜に一目惚れして、将来、研究すると決めました。

13歳の時にアメリカ、カナダの研究所や博物館を巡るツアーに参加して、その時にピーターに会っているんです。その時はツアー客とツアーを受け入れる研究所の所長という関係でしかありませんでしたが、カナダのアルバータ大学で古生物
こせいぶつ
を学んだ後、日本で博物館や科学館など恐竜展示を支援する仕事をするようになってからは、ピーターとも協力してもらうようになって深く付き合うようになりました。

恐竜くんとピーター・ラーソンさん

「恐竜たちを目の当たりにした進化のすさまじさを実感できるでしょう」

――どうしてピーターさんは博物館関係者から信頼を寄せられているのでしょうか?

恐竜くん:第一に魅力的な人間であることが挙げられますが、化石ハンターとして超一流なんですよ。恐竜の化石が出そうな場所がすべて頭に入っていて、ピーターと一緒に車で移動していると、「あそこは白亜紀末期の地層が露出
ろしゅつ
していて、掘れば良い化石が出るかもしれない」なんて話してくれるんです。その上、ピーターは地主からも信頼されていて、これが化石ハンターにはとても重要なことなんです。

掘れば化石があることが分かっていても、地主の許可がなければ発掘することはできません。その点、ピーターは「化石らしきものが見つかったら連絡するよ」と言ってもらえるほどの関係を築いているんです。だから、保存状態の良い化石を数多く発掘しているんです。ティラノサウルスのトップ3の「スー」、「スタン」、「トリックス」、トリケラトプスのトップ3の「レイン」、「レイモンド」、「ケルシー」のすべての発掘を指揮しているんですから、いかに優れた化石ハンターかが分かるでしょう。

そのピーターが発掘した「レイン」の実物化石と、ティラノサウルスの「スタン」の複製化石が、今回展示されていますから、是非、見に来てもらいたいですね

ティラノサウルス「スタン」の複製化石

―この夏、「DinoScience 恐竜科学博」で数多くの恐竜に接する子どもたち、そして、会場には来られないけれど、恐竜が大好きな子どもたちにメッセージをお願いします。

恐竜くん:この地球上に恐竜という生き物が間違いなく生きていたということを、全身で体感してほしいと思います。そして生物の進化の壮大なスケールを感じてもらえるとうれしいですね。

『子供の科学』を読んでいるような自然科学に興味のある読者の皆さんなら、地球上に生息している生物は、すべて進化の結果、現在の姿形、能力を獲得したことは知っていることでしょう。ただし、生物の進化はとてつもなく長い年月をかけて起こるため、実感することは決して簡単なことではありません。その点、トリケラトプスやティラノサウルスを
の当たりにしたら、問答無用
もんどうむよう
で生物の進化のすさまじさを感じられるのではないでしょうか。

だからこそ国籍、文化、言葉を越えて、世界中で恐竜は多くの人に愛されていると思うんですよね。ですから、この夏、「DinoScience 恐竜科学博」に来られるなら、是非とも、恐竜を通して進化や科学のおもしろさに思いを
せてほしいですね。

取材・文

斉藤勝司 著者の記事一覧

サイエンスライター。1968年、大阪府生まれ。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業後、ライターとなり、最新の研究成果を取材し、科学雑誌を中心に記事を発表している。著書に『がん治療の正しい知識』、『寄生虫の奇妙な世界』、『イヌとネコの体の不思議』、『群れるいきもの』などがある。

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