聴覚は触覚にどのような影響を与えるのか。一見関係なさそうな2つの感覚が実は深い関係にあることがわかりました。
豊橋技術科学大学情報・知能工学系の松田勇祐特任助教、北﨑充晃教授、および慶應義塾大学、東京大学の研究チームは、体のごく近くの領域で、迫ってくる音と遠ざかったいく音が、触覚の感じ方とどのような関係を持っているかについて調べました。その結果、どの方向にある音源でも、音が体に近づいてくるときは、後退していくときよりも早く検出されることがわかりました。
体に近い空間では、感覚が統合的に感じられる
自分の手が届く範囲であると同時に、他者からも触れられる可能性のある体に非常に近い空間は、「身体近傍空間
(Peripersonal space、PPS)」と呼ばれています。この空間には、聴覚と触覚といった異なる種類の感覚が統合的に感じられる「多感覚促進
」という特別な機能があると考えられています。研究チームはこの空間において、聴覚と触覚がどのように統合されて認知されているのかを調べました。
実験参加者には胸にバイブレーターをつけてもらい、バイブレーターが作動したときの触覚刺激をできるだけ早く検出するように、という課題を与えました。バイブレーターによる触覚刺激が起こるタイミングについては、周囲を移動する音の位置や動きがさまざまな場合を設定しました。なお、実験参加者には目隠しをしてもらい、聴覚と触覚以外の情報を遮断しました。
実験の結果は、どの方向から聞こえる場合でも、音が体に近づいてくるときには、音が近くにあるときの方が音が遠くにあるときよりも早く触覚が検出され、離れる方向に移動する音では、変化なしか検出が遅れました。
危険を避けるための人間の能力
このことから、自分の体にごく近い空間においては、接近してくる音は、触覚刺激と聴覚刺激が統合して認知されたとみなすことができます。
これまでは前後のみ、あるいは左右のみで同様の実験を行った例はありましたが、前後左右という全周を統合して行ったのは同研究チームが初めてです。
下の図は、音源が前・後ろ・左・右から実験参加者に接近(●マークの折れ線)してくるときと後退していくとき(▲マークの折れ線)の触覚刺激検出までの時間を表したものです。
これを見ると、体の周囲のどの位置にある音でも、接近してくる音が近くにある方が触覚刺激検出が速いことがわかります。後退していく音ではあまり差がありません。
人は危険を避けるために、体に影響を及ぼす可能性がある身体近傍空間における接近音を無意識のうちに利用しているのではないか、と研究者は考えています。つまり、音が近くにあるときに、それが接近していると危険性が高い(ぶつかる、襲われる)、遠ざかるのであればそんなに危険性はない、ということを無意識に感知して、行動をしているということです。
聴覚情報は水平方向だけでなく上下を含めた三次元空間に存在するので、脅威はあらゆる方向からやってくると考えられます。そのため、次は三次元空間に広げて研究を続けていきたいそうです。
文