2020年11月に発売されたPlayStation 5(以下、PS5)。信じられないほど写実的
で美しい描写
を再現できるマシン性能もさることながら、注目が集まったのはそのコントローラー。
「DualSense
」と名付けられたそのコントローラーは、外見や使用感こそ、これまでと変わりませんが、ゲーム内の物体に直接触れているようなリアルな振動
を表現できる「ハプティックフィードバック」や、トリガーが状況によって軽くなったり重くなったりする「アダプティブトリガー」、そして友達とコントローラーで会話できるようになる内蔵
マイクなど、ゲームをより深い没入感
で楽しめるさまざまな新しい機能が搭載
されました。
普段
、わたしたちがゲームを楽しむために使うコントローラーですが、そのコントローラーを、いつもどおり、かつ、新鮮な気持ちで遊ぶためには、たくさんの努力や研究、そして周囲の人たちとのコミュニケーションがあるのです。
今回は、製品構想
、設計から開発まで統括された、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下、SIE)の五十嵐健
さんにお話を聞きます。
■何より大切なのは「持ちやすい」と感じられること
――まずは自己紹介をお願いします。またどのような経歴でPS5に関わられたか、おしえていただけますでしょうか?
SIEハードウェア設計部門ペリフェラル設計部の五十嵐と申します。大学で精密工学を専攻して機械系を学び、ソニーには1996年に入社しました。最初は、ホームオーディオの部署に入り、CDやMDなどのディスクを出し入れするメカデッキと呼ぶ機構
の設計をまずは担当しました。何年かした後に、エンターテインメントロボット(AIBO
など)を開発しているチームに行き、そこでは二足歩行
ロボット「QRIO
」の頭部だったり、脚部の設計を担当しました。
PlayStationシリーズとしては、2005年にPlayStation 3の開発に関わったのが最初になります。またそれ以降は、PlayStation 4のワイヤレスコントローラー(DUALSHOCK
4)とPlayStation Camera、そしてPlayStation 5のDualSenseなど、PS5における周辺機器すべての設計から開発まで担当しています。
――PS5のコントローラー、DualSenseを作るにあたってどのような点を重視されましたか?
「持ち心地がいい」「操作性が高い」「使いやすい」と感じるようなコントローラーは何か、この点を徹底して研究しました。ほぼ全てのゲームはコントローラーを介して遊ぶものなので、手に持っているユーザーの方が、とにかく違和感のない持ち心地と操作性を徹底して追及しました。
――持ちやすさはどのように研究されましたか?
とにかく時間をかけて、多種多様な人の意見、感想をもとにさまざまな試作品を作り比べました。日本だけではなく、アメリカ、オランダ、イギリスなど世界中にあるSIEのゲーム開発スタジオのフィードバックを取り入れ、時には議論
をしながらも調整しました。また、『ASTRO’s PLAYROOM』などPlayStation用にゲームを作っているTeam ASOBIにも協力をあおぎ、どこが良いのか、どこを改善するべきか、彼らの意見も聞きました。
――持ちやすさの他に、どのような点を意識されて作りましたか?
ゲームに対する没入感をいかに高められるか研究し、そのためにさまざまな機能を搭載
しました。主に、「ハプティックフィードバック」「アダプティブトリガー」「内蔵マイク」の3つになります。これらも、あくまでユーザーの方に違和感なく使っていただける前提で盛り込んだ機能なので、その両立も難しかったですね。
■「いつもどおり」のコントローラーに新たな可能性を増やす難しさ
――ハプティックフィードバックとはどのような機能なのでしょうか?
まるで実際に自分がゲーム内で何かに触れているような、触感
を再現する振動機能です。従来のDUALSHOCKにも振動機能はあり、手で握るグリップ部分におもりが取り付けられたモーターを搭載していたのですが、この点を大きく改善しました。これまでは、軽いおもりと重いおもりを左右に入れ、不均衡
な状態で動かしており、このままでは単調な振動しか再現できませんでした。モーターのオンとオフ、そして、早く回すか、遅く回すかの違いだけですね。
今回のDualSenseでは、マグネットとコイルを利用する、専用に開発されたデバイスをグリップに均等に入れ、従来のおもりを回転させる方法から、筒の中で直線的に動かすことで、より細かく自在な振動を再現することができました。
振動表現のデータの作り方が今まで異なっていて、イメージとしては、重低音
を響かせるスピーカーの構造とよく似ています。音波に近いようなデータ構造を作れるのですね。音に合わせて、振動を追従
させることができる。なので細かい表現ができるようになっています。
またコントローラーとは別に、振動を直感的に編集できるツールを、ゲームソフトを開発する方々には提供していて、これにより、それぞれのゲームによって全く異なる振動の活用を楽しむことができるはずです。
――実際に遊んでみて、とても直感的な振動に驚きました。では、アダプティブトリガーとはどのような機能なのでしょうか。
L2、R2ボタン(コントローラーを握ったときに、コントローラーの下部にあるトリガー型のボタン)の負荷をゲームの状況に応じてかけることのできる機能です。これはモーターとギアを使っていて、弓を引き絞
るとか、ゲームの状況に応じてアダプティブトリガーがオンになり、トリガーが少し重くなることで、実際に自分が弓を引いているようなリアルな感覚が得られます。
こちらは、プロトタイプは比較的すぐ完成したのですが、そのままでは大きすぎて指が届かず、今までのコントローラーと変わらない大きさにまとめる過程で大変苦労しました。また、負荷をかけてトリガーを重くする分にはいいのですが、逆にほんの少しだけ負荷をかけている状態を作るのが難しく、こちらもTeam ASOBIの開発者を交えて試行錯誤
した点です。
――グッと重くなったトリガーが少しずつ軽くなっていく感覚、本当にリアルな体験でした。次に、内蔵マイクはどのような機能でしょうか?
内蔵マイクとはコントローラー内部にマイクを仕込ませておくことで、そのままボイスチャットなどオンラインで他のプレイヤーと会話ができる機能のことです。マイクを搭載すること自体はそこまで難しくなかったのですが、問題はマイクが声以外のノイズ、特にコントローラーのボタンを押したり、アナログスティックを倒した時の音を拾ってしまい、それが他のプレイヤーにとって迷惑になってしまう点でした。そこで、ソニーグループのオーディオ開発チームと協力し、そのノウハウであるノイズキャンセリング機能を活用しつつ、限界までチューニングをし続け、ほとんどノイズの入らないマイクが完成しました。
加えて、ボタンそのものの静音化
や、アナログスティックを倒したときに、音がマイルドになるようになど、音が響かないようなしかけも施
しています。
■人種、国籍、職業、あらゆる人々の想いが一つのコントローラーに
――確かに、実際に他の人と遊んでもノイズは全くありませんでした。これだけ多種多様な機能を、これまでと同じコントローラーの大きさに抑えるのはとても苦労があったと思いますが、開発にはどれほどかかりましたか?
構想から開発、調整を含め、4~5年はかかりましたね。最終デザインが完成したのはPS5の発表間際になってからでした。特に大変だったのが、使いやすさ、新機能もさることながら、その状態で大量生産を可能にすることでした。そのため、必要なパーツの種類を少しでも減らすよう努力しました。またそうしたパーツ自体、なるべく組み立てやすい形に仕上げるなど、実際に組み立てる工場の方々の意見も聞いて改善していきました。
――ユーザー、SIE社内、Team ASOBIなどゲーム開発者、そして組立工場と、たくさんの方々の意見を反映した結果できたのが、このDualSense なのですね。
はい。ちなみに、最後の最後まで調整していたのは、コントローラーの裏面に貼るためのシェイプス(△○×□)の模様
でした(笑)
表面のデザインは、形がすべて定まってからでないと検討できないので、触ったときの感覚、条件、形サイズ、それこそギリギリまで試行錯誤しながら調整しました。
――ありがとうございました。最後に、読者である子どもたちにメッセージをどうぞ!
「楽しい」と思える感性はとても大切です。なので、なるべくたくさんの自分が「楽しい」と思えることを見つけてください。そして自分がそう思えるものを見つけたら、次はそれに徹底的にこだわって、好奇心を持って取り組んでみてください。私は誰かを楽しませることこそ、何より「楽しい」ことだと思います。
今や子どもだけではなく大人まで、世界中で色んな人たちがゲームを遊ぶ時代。DualSenseが何より大切にしたのは、新しい機能だけでなく、どんな人が触っても違和感なく、いつも通りにゲームを遊べるような「使いやすさ」でした。
またPS5本体には耳が聞こえない人のために字幕(クローズドキャプション)を表示したり、目が見えない人のためテキストを音声で読み上げるなど、どんな人でもゲームが遊べるようなアクセシビリティ機能もとても充実しています。世界中のどんな人でも自由に遊べるような、たくさんの工夫が施されているのですね。
開発者の方々のたくさんのこだわりが詰まったPlayStation 5。読者のみんなも機会があれば、今回のインタビューで紹介したところに注目して、実際に触ってみよう。
取材・文