植物をはるかにしのぐ高効率の人工光合成技術が登場!

 2021年4月21日、豊田中央研究所(愛知県長久手市)が発表した高効率の人工光合成技術が注目を集めています。

 人工光合成とは、植物が行っているエネルギー生産の「光合成」を人間が行う技術。エネルギー問題の解決に大きく貢献すると見られています。

 植物の光合成は、水と二酸化炭素と光から、酸素と活動のエネルギー源となる炭水化物(有機物)をつくり出す活動です。有害な排気ガスなどが出ないことはもちろん、地球温暖化の原因のひとつである二酸化炭素を取り込んで生命に不可欠な酸素を供給するなど、地球環境を保つ重要な役目を果たしています。

 その光合成が人間の手で実現できれば、二酸化炭素を大気中から取りのぞきつつエネルギー供給できる……と、20世紀の終わりごろから各方面でさかんに研究が進められてきました。

エネルギー変換効率なんと7.2%

 実際に光合成でエネルギーをつくるには、いくつもの課題があります。

 ひとつはエネルギー変換効率で、投入した光エネルギーと発生したエネルギーの比率です。植物の変換効率は0.3%から大きくても3%ほどと、決して高いとはいえません。しかしエネルギー生産から利用や貯蔵などまで全体の効率が高く、環境にマッチした合理的なしくみです。また地球上のたいへん広い面積で太陽光を受け止めることで、生態系の基礎を支えるエネルギー生産を行っています。

 人工光合成の場合、生産されたエネルギーの利用やシステムの運用などにもエネルギーが必要ですから、植物より高いエネルギー変換効率が求められます。純粋な人工光合成(水と二酸化炭素と太陽光だけでの有機物の生成)は2011年、豊田中央研究所が世界で初めて成功しましたが、このときのエネルギー変換効率は0.04%。飛躍的な効率の増大が求められてきました。

 2015年前後から1~5%を超える技術がさまざまな研究機関から発表されましたが、今回のシステムはサイズを拡張したセル(光合成を行う装置本体)にて変換効率7.2%。飛躍的なエネルギー変換効率アップといえます。

 また人工光合成では、セルの大型化も重要な課題です。小さければ膨大な数の装置が必要になり、実用的でないためです。今回のシステムではセルの大きさは一辺が36cm。2015年前後にはセルが一辺1cmほどだったことを考えると、大きさの面でも飛躍的に実用化に近づいたといえます。

豊田中央研究所で公開された人工光合成装置の外観。光を受けるセルの一辺は36cm。(写真提供:(株)豊田中央研究所)

二酸化炭素からギ酸を生成

 さらに、人間が利用しやすいエネルギーを供給することも重要な課題です。

 たとえば現在、利用しやすいエネルギーとしては電力があります。しかし電力は発電してから、送電や蓄電
ちくでん
などで大きなロス
、つまりエネルギーのムダが出る上、ためておくことが困難です(蓄電ではさらに大きなロスがある)。ガソリンなどの燃料は輸送も保管もできますが、利用するときに二酸化炭素が出てしまいます。

 そこで注目されているのが水素。燃やしても(酸素と結びついても)二酸化炭素が出ないクリーンエネルギーです。しかし水素自体は密度の低い気体であるため、貯留や運搬する際に高圧もしくは低温を必要とするなど、エネルギーを必要とします。

 いま、将来の水素社会実現に向けての注目されているのが、より安価で簡便に貯蔵し、持ち運べる水素キャリアの技術。そのひとつとして期待されているのが、常温常圧で、液体である「ギ酸」という物質です。

 現在の多くの人工光合成では電力ではなく、このギ酸を効率的につくる技術が研究されており、今回のシステムもギ酸を生成します。まず、太陽電池で太陽光を受け止めて電力を発生させ、これを二酸化炭素を含む水溶液の中に置いた電極に流します。電力によって水が電気分解して酸素と水素イオンが発生し、水素イオンが二酸化炭素と結びついてギ酸を生成するしくみです。

豊田中央研究所の人工光合成の原理(図版提供:(株)豊田中央研究所)

プロセスを2つにわけて高効率化

 技術的なポイントのひとつは、電極の材質。水素イオンを発生する酸化電極にはイリジウム酸化物が、ギ酸を生成する還元電極
かんげんでんきょく
には、新しく開発されたルテニウム錯体分子
さくたいぶんし
をいくつもつなげた高分子化合物
を用いています。

光を当てると電極表面から酸素の泡が大量に発生する。(写真提供:(株)豊田中央研究所)

 さらに、これまでの人工光合成技術で多く行われていた「光触媒
ひかりしょくばい
に直接光を当てる
」方法と異なり、太陽電池の後の「光が当たらない部分」に電極を重ねて設置しています。

人工光合成セルの構造(図版提供:(株)豊田中央研究所)

 従来の方法では光が内部に十分に届く必要があり、そのために広い面積の透明電極が必要でした。しかし、全体のプロセスを光が必要な「光発電」と光が必要でない「ギ酸を生成」の2つに分けることで、太陽電池の後ろ側に電極を重ねることができ、効率が高まりました。

 植物の光合成では光で水を分解する明反応
めいはんのう
と、二酸化炭素から炭水化物をつくる暗反応
あんはんのう
の2つのプロセスが合わさっています。新しいシステムは反応の内容こそ別ものですが、しくみに似たような特徴があります。

 いま、豊田中央研究所ではさらに大きく、高効率の大型システムを、2030年ごろの実用化技術確立を目指して開発中です。セルの一辺は1mで、太陽光からギ酸への変換効率10%を目指しています。

 変換効率10%の場合、メガソーラーのように広い敷地に設置すると、面積約7ヘクタールで年間5230トンのギ酸が生成できる計算で、同じ面積の杉林に比べ、約100倍の二酸化炭素吸収能力を持つとのことです。

 この技術が実社会で使われるようになるには、ギ酸の利用システムの開発や変換効率のさらなる向上、コストダウンのための工夫など課題はたくさんあります。でも人工光合成は、二酸化炭素を出さず、逆に減らしながらエネルギーを生み出す究極の技術です。1日も早い実用化を望みたいと思います。

取材・文

山村紳一郎 著者の記事一覧

サイエンスライター/和光大学非常勤講師。1956年、東京都生まれ。東海大学海洋学部卒。編集記者、カメラマンを経て、現在は自然科学から先端技術までの執筆や、科学館の企画プロデュースなどを行う。天体観測と顕微鏡観察が大好き。

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