タイトル画像/©NASA/JPL-Caltech/ASU
薄い大気でもヘリコプターは飛行が可能──。
アルテミス計画による月有人着陸に続いて、将来の火星有人探査を進めているNASA(アメリカ航空宇宙局)は、地球以外の惑星で初めてヘリコプター「インジェニュイティー」(「創意工夫」の意味)の飛行に成功しました。
2月に火星表面に降り立った探査車「パーシビアランス」に搭載される形で、火星に運び込まれた「インジェニュイティー」。歴史的な初飛行に向けて3月下旬から準備を開始、4月19日についに30秒間、高さ3mまで飛び上がることに成功しました。4月25日の3回目の飛行では、水平方向への移動にチャレンジして50mの到達記録を達成。将来の火星有人探査や物資の移動手段の一つとして、ヘリを活用する方法が現実味を帯びてきました。
そのころアルテミス計画では、月着陸システムの開発企業としてロケットの再利用で実績のあるスペースXが選ばれました。民間宇宙関連企業の力を活用することによって、月、そして火星を目指した宇宙開発が進められることになります。
今回はそんな月、火星探査の最新の動向をレポートします。
ライト兄弟の飛行機「フライヤー」に使われた布の小片に願いをかけた成功
4月19日に火星で実現した歴史的な快挙。直径1.2mの逆回転する2セットのローター(回転翼)が動き始めてから5秒ほどして、すっとインジェニュイティーの1.8kgの機体が持ち上がり、そのま20秒ほどホバリング。そして火星表面に無事に降下してきました。
地球以外の天体で初めてヘリコプターを飛行させる試みが成功した瞬間を、65mほど離れた地点からパーシビアランスが撮影した動画からは、よちよち歩きの赤ん坊が立ち歩きをしたような印象を受けます。着陸のスピードが速いように見えたので、機体が損傷しなかったのか気になりましたが、大丈夫だったようです。これが記録的な初飛行の瞬間でした。
世界で初めて有人動力飛行に成功したのは、1903年12月17日のライト兄弟です。それから120年ほど経て、無人とはいえ火星での初の動力飛行に成功したインジェニュイティーには、ライト兄弟の飛行機「フライヤー」に使われた布の小片が、火星での成功を祈るように取り付けられていました。
2回目の飛行は4月22日に行われました。高さ5mでホバリングした状態になったところで、横方向への2mの移動に挑戦。機体の向きを5度だけ向けることで、移動の推力を発生させることに成功しました。
4月25日に行われた3回目は、高さ5m、横方向に毎秒2mの速度で50m移動。NASAの今後の飛行計画では、徐々に到達距離を延長していく考えで、90秒のフライト時間、移動距離300mの達成を目指すことにしています。
たくさんの課題を乗り越えての飛行成功
インジェニュイティーの飛行地点は、パーシビアランスが着陸したジェゼロ・クレーター内の平坦な場所が選ばれました。パーシビアランスの火星着陸後、3月下旬からスタートさせた飛行準備ではまず、パーシビアランスの底面に固定されていたインジェニュイティーを取り外すことから始まりました。
その後、6日かけて脚を広げ、折りたたんでいたローターを広げて、電動モーターを動かすのに必要な電力を太陽電池パネルで充電するなど、機体を調整してきました。
インジェニュイティーの飛行成功までには、たくさんの課題がありました。
インジェニュイティーは火星で30日間、稼働が可能な設計になっていますが、火星の冷たい夜を、バッテリーを消耗することなく過ごすことができるかが課題でした。これは、太陽電池パネルで飛行に必要な充電をまかなえることが確認でき、無事にクリア。
ローターの回転速度を毎分2400回まで速くできるかどうか、地球からの制御なく自律的に飛行できるか、そしてインジェニュイティーは地球のおよそ1%という希薄な火星大気でも浮き上がることができるように設計されましたが、本当に火星の薄い大気で、ローターにより十分な浮力を発生させられるかどうかが、最大の課題でした。
今回、これらの難題をすべてクリアし、火星大気でヘリコプターを飛行させられることが実証できた意義はとても大きいといえます。将来の有人火星探査の際、物資などの運搬にヘリコプターを活用するアイデアが現実となりそうです。
※2021年5月4日追記
4月30日の報告では、インジェニュイティーの運用が順調に進んでいることから、運用期間を8月末まで延長して、予定していた飛行回数を5回から増やすことになりました。インジェニュイティーからの探査など、実用化に向けたデモンストレーションを実施する予定です。
火星で酸素をつくり出すことに成功
また、ヘリコプターの飛行以外にも、火星で新たな実証実験が成功しています。パーシビアランスは、酸素原子と炭素原子が化学結合した二酸化炭素から、酸素をつくり出す実験に成功しました。
搭載した「火星酸素ISRU実験装置(MOXIE)」を稼働させて、1時間あたり6gの酸素をつくりだすことができたといいます。宇宙飛行士は、10分間の呼吸に5gの酸素が必要とされています。計算上はパーシビアランスが持ち込んだ装置の5倍の規模があれば、宇宙飛行士が1人、火星でも生存できることになります。
とはいえパーシビアランスが運び込んだMOXIEは試験装置の段階で、2年間に9回ほど稼働させる計画にとどまっています。実用化に向けては技術レベルをさらに高めることが必要です。
熾烈な競争が繰り広げられる民間の宇宙開発
着々と火星での成果が挙がる一方、月有人着陸を目指すアルテミス計画にも動きがありました。その鍵を握るのが、宇宙開発に進出する民間企業です。
アメリカでは続々と宇宙開発分野に民間企業が参入していて、国際宇宙ステーション(ISS)に宇宙飛行士を運ぶのに、スペースXの有人宇宙船「クルードラゴン」が活躍しています。4月23日にはJAXA(宇宙航空研究開発機構)の星出彰彦宇宙飛行士ら4人を乗せたクルードラゴンがファルコン9ロケットで打ち上げられ、無事ISSに到着しました。このほかボーイングも、ISSに宇宙飛行士を送り込む有人宇宙船「スターライナー」の開発を進めています。
アルテミス計画では、月面有人着陸システム(HLS)の開発を担う民間宇宙関連企業としてブルーオリジン、ダイネティクス、スペースXの3社が選考対象となっていましたが、このたびスペースXのスターシップ有人着陸機に決まりました。月の有人着陸を目指す2024年の「アルテミス3」のミッションで、計2人の宇宙飛行士が月に降り立つのに使われる予定です。
計画では、宇宙飛行士はNASAが開発中のスペースローンチシステム(SLS)ロケットの先端に取り付けられたオライオン宇宙船で地球を旅立ち、月軌道上でスターシップ有人着陸機に乗り換えて月表面を行き来し、最終的にはオライオン宇宙船で地球に戻ってきます。
ちなみに契約金は28億9000万ドル。日本円にして3000億円を超える金額です。
月有人着陸にあたって、さまざま準備が必要となることから、NASAは科学データを取得する観測装置や、月表面の探査のデモンストレーションを実施する探査機を送りこむ商用月ペイロードサービス (CLPS)を担う民間宇宙関連企業の選定を進めていて、これまでに14社と契約を済ませています。さらに将来の月周回有人拠点「ゲートウエイ」に定期的に補給物資を運ぶのにも、民間宇宙関連企業の活躍が期待されています。
日本のトヨタもJAXAと共同で月面移動車「ルナ・クルーザー」の開発を進めています。月着陸にとどまらず、将来の月居住施設の建設など発展が期待される宇宙開発。今回、月面有人着陸システムに選ばれなかったブルーオリジンを率いるアマゾン会長のジェフ・ベゾス氏は、スペースX選定に不満を表明したとも伝えられています。真偽の程は確かではありませんが、こうした報道の対象となっているように、宇宙はチャレンジすべき夢にとどまらず、もはやビジネスの競争分野として注目されているのです。
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【バックナンバー】
《シリーズ「アルテミス計画」を追え その①》NASAアルテミス計画の全貌