《シリーズ「アルテミス計画」を追え その②》パーシビアランスが火星に着陸!火星探査ラッシュの到来

相次ぐ火星探査の動き

 有人の月着陸を目指すアメリカのアルテミス計画が本格始動する一方で、月着陸の先を見据
みす
えた火星有人探査に向けた取り組みが着々と進んでいます。

 火星に対する関心は高く、2021年2月にはアラブ首長国連邦(UAE)の探査機「ホープ」、中国の「天問(Tianwen)1号」が相次いで火星周回軌道に入るなど、探査機が続々と火星に到着しました。いわば火星探査ラッシュともいえる事態となっています。

 この極めつけがNASA(アメリカ航空宇宙局)の探査車「パーシビアランス」の火星到着です。2月18日に火星に無事着陸し、活動を開始しました。

 パーシビアランスのメインの目的は生命探査ですが、有人探査に向けた検証・実験作業にも挑戦。移動・運搬手段として期待されるヘリコプターを飛ばすほか、火星大気の主成分である二酸化炭素から酸素をつくり出す実験を予定しています。

着陸直後にパーシビアランスから送られてきた火星表面のカラー画像。(画像:NASA / JPL-Caltech)

探査車・探査機は4台、周回探査機7基による探査ブーム

 2020年7月の打ち上げから7か月かけて火星に到着した火星探査車パーシビアランスは、スカイクレーン方式と呼ばれる方法で火星に着陸しました。耐熱
たいねつ
カプセルに入った状態で火星大気に突入し、パラシュートを開いて減速。パーシビアランスは噴射装置
ふんしゃそうち
を取り付けた下降ステージ装置をバックパックのように背負っており、高度2kmあたりでパラシュートを切り離し、噴射によってさらに減速して着陸の最終段階に入ります。

火星軌道上にあるNASAのマーズ・リコネッサンス・オービターが捉えたパラシュートで降下中のパーシビアランス。(画像:NASA / JPL-Caltech / University of Arizona)

 パーシビアランスは高度20mあたりで、下降ステージ装置からロープで吊り下げられた状態となって着地。一方、下降ステージ装置はロープを切り離して飛び去り、安全な場所で火星に落下して役目を終えました。

着陸時に下降ステージ装置から撮影した、ロープで吊り下げられたパーシビアランス。(画像:NASA / JPL-Caltech)

 火星大気突入から着陸まで約7分。パラシュートを開いてから、下降ステージ装置に吊り下げられて着地するまでの様子は、NASAが公開した動画で確認できます。

 パーシビアランスの火星到着によって、2月は立て続けに3つの火星探査計画がスタートすることになりました。

 種子島
たねがしま
宇宙センターから2020年7月にH2Aロケット42号機で打ち上げられたUAEの探査機ホープは2月9日、火星の周回軌道に投入され、さっそく火星の画像を送信してきました。2月10日には中国の探査機天問1号も火星軌道に到達、5月には探査車を火星に下して調査を実施する予定です。

 火星表面で活動する探査車・探査機はNASAのパーシビアランスのほか、キュリオシティインサイトを含めると計4台となる見込みです。また、火星軌道上には、すでにNASAの「マーズ・リコネッサンス・オービター」、「マーズ・オデッセイ」、「MAVEN」、ESAの「エクソマーズ2016」、「マーズ・エクスプレス」が存在しており、UAEの「ホープ」、中国の「天問1号」が新たに加わって計7基の探査機が周回しながら火星を探査することになり、火星探査ブームが巻き起こっている状態となってます!

パーシビアランスは生命がいた証拠をつかめるか

 パーシビアランスのメインの目的は生命探査です。過去にはNASAが探査機バイキング1、2号機を火星表面に送り込んで、実験によって生命が存在している証拠をとらえようとするなどしていましたが、生命の存在は確認できませんでした。

 パーシビアランスの着陸地点は、まさに生物の痕跡
こんせき
を発見する可能性の高い場所
として選ばれました。

 火星にはかつて生命を育む水が豊富に存在していたと考えられ、現在は地中に氷として存在しているとみられています。着陸したのは直径45kmほどのジェゼロ・クレーターの内側です。30~40億年前には湖であったと考えられている部分で、上空からの画像では水が流れ込んでいたような河口を思わせる地形が広がっているのがわかります。

パーシビアランスの着陸地点の画像。画像の中央やや左側に、上下に走っている地形がジェゼロ・クレーターの縁です。(画像:ESA/DLR/FU-Berlin/NASA/JPL-Caltech)

 おそらく炭酸塩鉱物や粘土の堆積物
たいせきぶつ
があるとみられ、太古の川は有機分子や微生物などを集積していたであろうとして、生命の何らかの痕跡を発見できるのではないかと期待しています。

 生命の痕跡を遠隔操作で調べるのは限界があります。そこでパーシビアランスは、火星の土壌サンプルを集め、別で送り込む探査機によってサンプルを地球に持ち帰って詳しく調べる、という野心的な計画を立てています。日本の「はやぶさ」や「はやぶさ2」は太陽系の形成の歴史を調べるために、小惑星から初めてサンプルを地球に持ち帰りましたが、パーシビアランスの計画が成功すれば、人類は初めて地球以外の惑星の物質に触れることができるというわけです。

 パーシビアランスの役目はジェゼロ・クレーターに流れ込んでいた太古の川筋に沿って動いてサンプルを収集し、チューブ状の容器に封入すること。火星生命の分析のために地球にサンプルを持ち帰るミッションへとつなぐ役目を担っています。

土壌サンプルを採集するパーシビアランスの想像図。(画像:NASA / JPL-Caltech)

 なお、「ホープ」では火星の生命の存在と密接な関係のある火星大気について詳しく調べる計画です。下層大気の状態から火星の気候変動を明らかにし、下層大気の水素と酸素がどのようにして上層大気に移行し、さらには水素と酸素が上層大気からどのようにして宇宙空間に放出されているのかを調べます。かつては存在していたと考えられる大気が希薄
きはく
になってしまったメカニズムの解明
に役立つと期待され、火星の生命に関する新たな情報が得られる可能性もありそうです。

中長期的には有人探査の準備

 将来の火星有人探査実現に向けて、パーシビアランスは重要なステップとなります。

 パーシビアランスでは火星で資源をつくり出す技術実証実験を予定しており、「火星酸素ISRU実験装置(MOXIE)」と名づけられた実験装置を搭載しています。火星大気に豊富に存在する二酸化炭素から、酸素をつくり出そうとしているのです。ISRUは”in situ resource utilization”の略で、「資源を火星で調達する」という意味が込められています。

二酸化炭素から酸素をつくり出す火星酸素ISRU実験装置(MOXIE)。(画像:NASA / JPL-Caltech)

 将来の有人探査の際には、地球から大量の酸素を運び込む必要がありますが、火星で酸素を製造できれば最低限の酸素をロケットに積み込むだけですみます。地球に帰還する際にも、酸素を酸化剤として使うことでロケット燃料として活用もできます。

 NASAは実用化の際には、パーシビアランスが積んでいる実験装置の200倍の規模の装置が必要になるとしています。実験装置とはいえMOXIEによって酸素製造をつくり出すことは、将来の大規模化に向けた貴重な経験を積む機会となります。

 さらに、希薄な火星大気でヘリコプターを飛行させる実験も予定しています。将来の有人探査の際に物資の運搬等に活用できるれば行動範囲が広がります。

パーシビアランスが持ち込んだヘリコプターの想像図。(画像:NASA / JPL-Caltech)

 火星からのサンプリリターンミッションも重要な経験となります。

 計画では、NASAとESA(欧州宇宙機関)が共同で、2026年7月にパーシビアランスが収集したサンプルを回収するための着陸・発射機と回収車を火星に送り込みます。翌年の2027年10月に、火星に到達した回収車がサンプルの入ったチューブを回収して着陸・発射機に受け渡し、チューブを収めたカプセルを火星軌道に打ち上げる方法が予定されています。

火星から地球にサンプルを持ち帰る手順を示したイラスト。左下部に左から順にMars 2020のパーシビアランスのミッション、サンプルを回収して火星軌道に打ち上げるNASAのミッション、火星軌道から地球に向けて発射するESAミッションが描かれています。(画像:ESA)

 アポロ計画で月からの打ち上げは実施していますが、地球以外の惑星からのロケットの打ち上げは初めての試みとなります。将来の有人探査に向け、地球に帰還するために必要な技術です。このためパーシビアランスが収集したサンプルの火星からの打ち上げは、乗り越えなくてはいけない技術的なハードルとなります。

 ちなみにサンプルが入ったカプセルは、別途、ESAが地球から火星軌道に送り込んだ放出衛星が受け取り、地球に向けて発射する方法で回収する計画です。地球帰還は10年後の2031年を予定しています。

 人が火星で生きていくために必要となる酸素や食料をどうやって確保するのか、地球に戻ってくるための燃料はどうするのか――。火星有人探査に向けて課題を1つ1つ、解決していく取り組みが続きます。

川巻獏 著者の記事一覧

サイエンスライター。1960年、神奈川県出身。東京工業大学理学部卒。新聞社科学記者を経て、川巻獏のペンネームで執筆活動をしている。自然科学からテクノロジーまで幅広い分野をカバー。宇宙・天文学分野を中心に活動している。

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