以前コカネットで紹介した『“超巨大”実験装置を見てきた! 「JT-60SA」いよいよ稼働』の記事を読んで、「核融合エネルギー」についてもっと知りたいという読者の声が寄せられた。「核融合」の技術はとても複雑で、専門家でもすべてを理解するのは難しいそうだ。
ここでは、未来の持続可能なエネルギー源として期待され、研究が進められている核融合の原理について、できるだけわかりやすく、みんなの科学の勉強にも役立つ形で紹介していこう。
タイトル画像:ESA/NASA/SOHO
火のエネルギーで生じるものとは? ものが燃えるしくみを知る
ものを燃やしたときの「火」が持っている熱は、私たちの生活のいろいろなところで使われている。自動車もその熱でエンジンを動かしている。家庭の電気も、石炭、石油、ガスを燃やしてその熱で発電していることが多い。
たいていのものは、燃やすと、エネルギーといっしょに「二酸化炭素」というガスが出てくる。地球温暖化を進めるといわれているあのガスだ。このガスは、別名で「炭酸ガス」「CO2」ともいう。
ものを燃やすとなぜ二酸化炭素が出るのか説明しよう。
イラスト:かじたけんぞう(有限会社 ケイデザイン)
石油、ガス、石炭、木材、紙でも、燃えやすいものは、炭素と水素という物質を多く含んでいる。「ものが燃える」とは、燃えやすい物質が空気の中の酸素と合体することである。
炭素が燃えると、酸素と合体して二酸化炭素になる。水素が燃えて酸素と合体してできるものは「水」である。
つまり、物質の中の炭素と水素が燃えるとCO2だけでなく、水も出る。図左上の写真はガスが燃えている炎だが、この炎からも水は出ている。しかし、それは見えない。出るのは透明な水蒸気だからだ。鍋から上がる水蒸気は白く見えるが、鍋から離れると消えていく。これは、水蒸気がなくなったのではなく、白く見えた小さな水滴も蒸発して、本来の透明な水蒸気になったからだ。
水素は燃えるがエネルギー源にならない理由
ものを燃やしたときに二酸化炭素が出るのは、炭素と酸素が合体するからである。この合体を酸化という。「燃える」とは「酸化」なのだ。
水素については、燃えて酸化すると水になる。だから純粋な水素ガスを燃やすなら、二酸化炭素は出ず、出るのは水だけだ。
水素は水の電気分解で作れる。水は、ほとんど無限にあるから、水から作れる水素を燃料に、どんどんエネルギーを作れば、二酸化炭素も出ないから、地球温暖化は解決できる…これは非常によくある誤解だ。確かに水素を燃やしても水しか出ないが、水素単独の状態(水素ガス)は資源としては地球上にほとんどない。
水から水素を取り出すには、電気分解をしたり、水を高温(数千度)にして分解する必要がある。注意したいのは、水から水素を作るには、エネルギーが必要という点だ。さらに注意すべきは、作った水素で出るエネルギーは、分解に必要だったエネルギーを超えることはない。水から水素を作って、それを燃やしても、全体としてはエネルギーを損する。「海水が石油に代わる」なんて、そんなうますぎる話は、やはりないのだ。
しかし、電気分解で水素を作り、その水素で発電すれば、分解時の電気を水素に貯蔵して、あとで使うことができる。すなわち、水素はエネルギーを貯蔵できる便利な物質ということになる。太陽光発電など電気出力が不安定な発電でも、そのままでは使いにくくても、水素で電気を貯蔵できれば、欲しい時に安定して電力を供給できるようになるかもしれず、いまよりもっと上手に使えるかもしれない。
イラスト:かじたけんぞう(有限会社 ケイデザイン)
水素を燃料に自動車を走らせることができる。この場合の水素は、「エネルギーを貯蔵できて自動車などにも積める」という意味で便利な「エネルギー貯蔵物質」としての役割が期待されている。いわば水素はバッテリーの代わりである(上の図)。バッテリーも充電しないと電気は出ない。その代わりに電気で作った水素を使い、車内で発電するということである。水素自動車と電気自動車が競い合っている点も、エネルギー貯蔵としてどちらが良いのか、なのだ。
水素を使うが「酸化」とは異なる「太陽」はどうして燃えているのか?
画像:ESA/NASA/SOHO
私たちを照らす太陽も、ほとんどが水素でできている。熱く、明るく輝いているのは、その内部の水素が燃えているからだ。ただし、その燃え方は、前節で説明した酸化とはまったく違う。酸素は関係なく、水素同士が合体してエネルギーを作り出している。これを水素原子核の融合という。水素以外の元素でも融合するので、このような反応を「核融合」と呼ぶ。
イラスト:かじたけんぞう(有限会社 ケイデザイン)
太陽の中心部は約1600万度で、しかも重力によって圧縮されて超高密度になっている。この高温と高密度によって、太陽の中心部では水素の核融合が起きている。太陽は大きな重力を持っているが、核融合により高温になって膨張しようとする力と、この重力による収縮がちょうど釣り合って、天然の核融合炉として46億年も燃え続けてきたのだ。
太陽内部のプラズマの温度は、中心から離れるにつれて下がっていき、太陽本体(光球)の表面は6000度である。光球の外には、大気にあたる彩層(1万度)とコロナ(100万度)がある。これらは非常に薄い密度だが光球表面よりは温度が高いことになる。温度が高くなる理由は研究の的であるが、プラズマが表面で加熱されるしくみがあると予想されている。また、表面で大爆発が起こり、それで急加熱されたフレアは2000万度に達することがある。しかし、超高温ではあっても、プラズマの密度は薄く、核融合はほとんど起こらない。太陽のすべてのエネルギーは中心部の核融合で発生しているのである
水素のもう一つの燃え方を知ろう
水素を燃料とする燃料電池自動車は、空気を取り込み廃棄物として水しか出さないので、環境に優しい次世代カーとして期待されている。燃料である水素分子H2と空気中の酸素分子O2が結合して、水H2Oが生成される化学反応をエネルギーとして自動車を走らせている。
水素原子は原子核(陽子1個)の周りを電子1個がぐるぐる回っている。ここで水素原子を野球のドーム球場になぞらえてみよう。水素の原子核は非常に小さくて1cm程度のアメ玉くらいになる。電子はドーム球場の周りをクルクル周回しながらドーム球場の屋根を形づくっている。まさに水素ドーム球場である。
イラスト:かじたけんぞう(有限会社 ケイデザイン)
水素は水素分子H2となっているが、これは2つの水素ドームが並んでいる状態といってもよい。しかもドームの屋根を構成している電子が、2つの水素ドームを往来することで、2つの水素ドームをくっ付けて(結合させて)いるのである。
そこに酸素ドームが近づいてくると、水素同士で結合しているより、水素と酸素の方が結合しやすいし、酸素は水素2つと結合する能力があるので、酸素ドーム1つと水素ドーム2つが合体し、水分子H2Oが形成される。この水素と酸素の化学反応の時にエネルギーが放出される。
ここで注意しておきたいのは、水素は燃えて水分子になっても、酸素と結合した水素原子として残っている。つまり水素は燃えても、結合する相手が変わるだけで、水素原子自身は変化しない。このように、どんな化学反応も、反応前と反応後では原子の結合相手は変わるが、原子自身およびその数は変わらない。その昔、人類は金を人工的に精製したいと試行錯誤を続けた。しかし、化学反応では、決して新しい元素は生まれないので、錬金術
の研究はすべて失敗に終わった。
それでは、核融合という燃え方はどのようなものか? 太陽でも水素が燃えてエネルギーを放出している。この反応をドームでイメージすれば、水素ドームの中央にある小さな原子核が、となりの水素ドーム中央の原子核と合体する反応が起こっている。水素の原子核が合体(融合)するので、これを核融合反応と呼ぶ。化学反応では、ドームの屋根を回る電子が水素原子を結合させていたから、ドーム中央の原子核が出会って合体することはあり得なかった。
水素の原子核は陽子1つでできている。この水素の原子核同士が合体すると、陽子2つの原子核が生成される。陽子が2つの原子核とは、原子番号が2番の元素でヘリウム(記号He)である。つまり、水素原子核が合体して新しい元素ヘリウムが生成されるのであり、昔の錬金術ではできなかった新元素が生まれる。ちなみに、太陽では水素の原子核4つが合体している。
水素が燃えるとは、酸素と結合して水ができる「化学反応」と、太陽で起きているような水素の原子核同士が合体する「核融合反応」がある。ただし核融合反応で生まれたヘリウムは、反応前の水素原子核4つより少しだけ軽い。アインシュタインが提唱したように、この軽くなった分の質量がエネルギーとなる。そのため、核融合反応で発生するエネルギーは化学反応の約100万倍なので、核融合反応なら、わずかな燃料で膨大なエネルギーを出せる。
物質の第四の状態「プラズマ」を知る
太陽では水素の原子核同士が合体してヘリウムの原子核になるという核融合反応が起こっているが、この地球で水素原子Hを2つ近づけても、水素ドームが2つ並んだ状態の水素分子H2になるだけで、太陽と同じようにヘリウムはできない。
2つの水素ドームは、電子が周回しているドームの屋根で結合しているので、水素の原子核は、それぞれの水素ドームのピッチャーマウンドの上にあり、かなり離れた状態のままである。両方の中央にいる水素の原子核をくっつけるためには、ドーム球場の屋根(周回している電子)を取り払う必要がある。ところで電子は地球の周りを周回している人工衛星のようなものなので、人工衛星のスピードを上げてあげれば地球を周回しないで宇宙空間に飛んでゆくことができる。
水素原子も数千度以上の高温にすると、電子が原子核の周りに結合している以上の力でぶつかり合うようになり、衝突で弾き飛ばされた電子は周回できなくなり自由に飛んで行ってしまう。つまり、電子は原子核からの拘束を逃れ、原子核と電子が自由に運動している状態になる。これをプラズマ状態(または単にプラズマ)という。つまり、どのような物質も温度を上げるとプラズマになるので、プラズマは固体・液体・気体に続く“物質の第四の状態”と呼ばれている。
イラスト:かじたけんぞう(有限会社 ケイデザイン)
プラズマになれば、原子核は電子の屋根で守られていないので、原子核同士が衝突し、時には衝突と同時に合体する可能性が生まれる。したがって、核融合を起こすためにはプラズマであることが必要となる。ちなみに、太陽の中でも、水素原子や水素分子(原子核の周りを電子が回っている)の気体ではなく、水素の原子核(陽子)と電子が自由に飛び回っているプラズマ状態になっている。
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