恐竜が絶滅したのは“運が悪かった”から!?

恐竜を絶滅させた小惑星の大きさ

 今から約6600万年前、長径
ちょっけい
10kmにおよぶ小惑星
しょうわくせい
が、メキシコのユカタン半島に衝突
しょうとつ
しました。

 10kmという大きさは、どのくらいでしょうか?

 現代の東京には、山手線がぐるりと輪をつくって走っています。この輪は南北に広く、東西にせまい楕円
だえん
を描いています。この山手線の長径が約10kmです。JR池袋駅とJR品川駅の直線距離と同じくらいです。

赤い線が池袋駅と品川駅を結んだ線。(ⒸGoogle)

 大阪にも輪をつくる路線(大阪環状線
おおさかかんじょうせん
)があります。この場合、弁天町駅と京橋駅の直線距離が7kmと少しです。名古屋(名城線
めいじょうせん
)の場合、大曽根
おおそね
駅と新瑞橋
あらたまばし
駅の直線距離が約8kmです。

 つまり、現代の日本でいえば、山手線の内側とほぼ同じくらい、大阪環状線と名城線はその内側がすっぽりと入ってしまうくらいの大きさの小惑星が衝突したのです。

 もしも、みなさんの手元に地図があるのなら、現在地から10km先に何があるかを調べてみるとよいかもしれません。小惑星の大きさがよくわかるでしょう。

 この小惑星の衝突によって、それまで大繁栄していた恐竜類が鳥類を残して絶滅しました。また、恐竜類だけではなく、さまざまな動物が大きな打撃を受けたことがわかっています。これによって、7900万年間も続いた「白亜紀
はくあき
」という時代が終わりました。

近年の恐竜絶滅の研究

 小惑星の衝突による恐竜絶滅説は、かつてはたくさんあった仮説の一つでした。

 しかし近年では、「最も有力な仮説」としてあつかわれています。現在の研究の最前線では、「小惑星衝突が絶滅の原因だった」ということを前提にして、「なぜ、生き残った種がいたのか」「どんな動物が生き延びることができたのか」「地域による絶滅の差はあったのか」「絶滅からどのように生態系が回復したのか」などの研究が盛んです。

 こうした研究によって見えてきたのは、“かなりツイてなかった絶滅事件だった”ということです。ひょっとしたら、恐竜たちは絶滅しなかった可能性もあったのではないか、ということがわかってきました。

衝突した場所が悪かった

 例えば、東北大学の海保邦夫
かいほくにお
博士と気象庁気象研究所の大島
なが
博士は、「衝突した場所が悪かった」と指摘する研究を2017年に発表しています。

 海保博士と大島博士の研究によると、小惑星の衝突によって発生した大量の「すす」が、日光を
さえぎ
るなどして大量絶滅の引き金になったとのことです。日光が遮られると植物が育たなくなってしまい、植物食動物の数が減ります。植物食動物の数が減れば、肉食動物も減っていきます。

 その「すす」の材料を“大量に含んだ地層”(大量絶滅事件を引き起こすために十分な量を含んだ地層)は、地球上の13%ほどの地域にだけあるそうです。

6600万年前の大陸配置。オレンジ色に小惑星が衝突した場合のみ、大量絶滅事件になったとみられています。(Ⓒ海保邦夫)

 つまり、残りの87%の場所……例えば、当時の日本付近やアジア、アフリカ、インドなどの大陸内部の大部分や太平洋などに小惑星が衝突していれば、恐竜たちが絶滅するような大事件にはならなかったかもしれないのです。

 地球にやってくる小惑星の軌道
きどう
が少しずれていたり、あるいは地球は自転していますから、小惑星が地球にやってきたタイミングが少し早かったり、遅かったりするだけで、衝突する場所がずれて、恐竜たちは絶滅しなかったのかもしれません。

小惑星が衝突する角度も絶妙!?

 また2020年5月には、インペリアル・カレッジ・ロンドン(イギリス)のG・S・コリンズ博士たちによって、小惑星の角度も“絶妙
ぜつみょう
”だったことが指摘されました。

 コリンズ博士たちは、ユカタン半島にある小惑星が衝突したときにできたクレーターを詳しく調べて、衝突したときの小惑星の角度が30〜60°だったことを明らかにしたのです。そして、もう少し浅い角度、もしくは深い角度で衝突していれば、衝突の被害はもっと小さかったはず、と指摘しています。

 小惑星が衝突した場所や角度、さまざまな偶然
ぐうぜん
が重なって、恐竜たちを絶滅させるような大事件となったことがわかってきました。恐竜たちにとっては「ツイてなかった」と言わざるを得ないでしょう。

 もしもこの小惑星の衝突がなければ、恐竜たちの繁栄はもっと長く続いた可能性を指摘する研究もあります。

まだまだ謎が多い

 小惑星衝突説が初めて発表されたのは、1980年のことです。その後、さまざまな研究者がこの仮説を調べ、いろいろなことがわかってきました。しかし、まだまだ謎もいっぱいです。

 寒冷化を
まね
いたのは、本当に「すす」だったのか?

 これに関しては、衝突地点で発生した「硫酸
りゅうさん
」が原因だったという仮説もあります。硫酸は、酸性雨に関係し、これも大規模な絶滅の原因となりえます。

 恐竜類の中で、なぜ、鳥類だけが生き延びることができたのか?

 恐竜類に近縁のワニ類は、なぜ、生き延びることができたのか?

 アンモナイト類などの海洋生物が滅んでしまったのはなぜなのか?

 絶滅後、生態系が回復するまでにどのくらいの時間がかかったのか? それには地域差はあったのか?

 今後の研究で明らかにされていくことでしょう。

【参考文献】

・『古生物のしたたかな生き方』(監修/芝原暁彦 著/土屋 健 絵/田中 順也,2020年刊行,幻冬社)

・G.S. Collins, N. Patel, T.M. Davison, A.S.P. Rae, J.V. Morgan, S.P.S. Gulick, IODP-ICDP Expedition 364 Science Party, 2020, A steeply-inclined trajectory for the Chicxulub impact, NATURE COMMUNICATIONS, 11:1480, https://doi.org/10.1038/s41467-020-15269-x

・Kunio Kaiho, Naga Oshima, 2017, Site of asteroid impact changed the history of life on Earth: the low probability of mass extinction,Scientific Reports, vol.7, Article number: 14855, https://doi.org/10.1038/s41598-017-14199-x

土屋 健 著者の記事一覧

オフィス ジオパレオント代表。サイエンスライター。2003年、金沢大学大学院で修士(理学)を取得。科学雑誌『Newton』の編集記者、部長代理を経て独立。現在は、地質学や古生物学を中心に執筆活動を行なっている。著作多数。2019年にサイエンスライターとして史上初めて、日本古生物学会貢献賞を受賞。

(イラスト/とげとげ。)

 

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