クラスター株式会社・加藤直人さん -バーチャル空間「メタバース」のプラットフォームを開発《好きをミライへつなげる講座》インタビュー

最近よく耳にするようになった「メタバース」。2021年10月には「フェイスブック」社が社名を「メタ」に変更。メタバース事業に約100億ドルを投じ、さらに増やしていくと発表して話題になりました。
今回お話を伺う加藤直人さんは、メタバースプラットフォーム「cluster」を立ち上げ、日本のメタバース業界をけん引している若き経営者。 京都大学理学部で宇宙論と量子コンピューターを研究した加藤さんが、約3年間のひきこもり生活ののち、今の会社を起業した背景とは? そして、これから人々の生活を大きく変える可能性を秘めた「メタバース」に関わる仕事とはどんなものなのでしょうか? みなさんの将来を考えるためにも、絶対押さえておきたいお話です!

加藤直人
クラスター株式会社代表取締役CEO。京都大学理学部で、宇宙論と量子コンピューターを研究。同大学院を中退後、約3年間のひきこもり生活を過ごす。2015年にVR技術を駆使したスタートアップ「クラスター」を起業。2017年、大規模バーチャルイベントを開催することのできるVRプラットフォーム「cluster」を公開。現在はイベントだけでなく、好きなアバターで友達としゃべったりオンラインゲームを投稿したりして遊ぶことのできるメタバースプラットフォームと進化している。経済誌『ForbesJAPAN』の「世界を変える30歳未満30人の日本人」に選出。

今注目の「メタバース」ってなんだ?

──まずは「メタバース」とは何なのかについて教えてください。

※加藤さんがcluster上で使っている鳥型アバター

 コンピューターによって人工的につくり出したバーチャル空間のことですが、私はそこに「身体性」があることがメタバースの要件だと考えています。メタバースの中では、自分の分身となる「アバター」を動かすことで、その世界の中を自由に動き回ったり、他の人とコミュニケーションをとったりします。インターネットの進化やCG技術の発達によって、あたかも自分がその空間にいるような体験ができるようになってきました。

 今一番盛り上がっているのはゲーム業界です。バトルゲームの「Fortnite(フォートナイト)」のクリエイティブモードでは、自分がつくった島で自由にコンテンツをつくって、好きなことをして遊べます。「フォートナイト」を開発するEpic Gamesは、ゲームの枠を超えて生活に根差すメタバース空間にすることを目指しています。英語圏の子供たちに人気なのは「Roblox(ロブロックス)」です。ユーザーが3DCGの映像空間内でゲームを楽しむだけでなく、自分でオリジナルのゲームを開発して公開できるしくみで、「ゲーム版YouTube」とも呼ばれています。「あつまれどうぶつの森」もブームになりましたが、ただゲームで遊ぶだけでなく、クリエイターたちが自由にコンテンツをつくって、そこにアバターが集まって楽しむ空間をつくり上げているんです。

──加藤さんが創業したクラスター社が提供するメタバースプラットフォーム「cluster」とはどういうものなのでしょう?

 まずクラスター社は、ゲームの技術を使って、デジタル上に生活する空間、クリエイティブな場所をつくることに取り組んでいる会社です。その空間が、「cluster」というプラットフォームになります。

クラスター社のサイトはこちら

 今はcluster内でバーチャルイベントを開催することがビジネスの柱になっています。これまで「バーチャル渋谷」や、ポケモン、ディズニーのバーチャルテーマパーク、プロ野球観戦ができるバーチャルスタジアムなどの企画が行われています。昨年の『M-1グランプリ』ではcluster内に会場をつくり、お客さんがアバターとなって会場で漫才を見ているような体験ができるようにしました。

クラスター社や、KDDI、渋谷未来デザイン・渋谷区観光協会を中心とする参画企業からなる「渋谷5G エンターテイメントプロジェクト」によってスタートした「バーチャル渋谷」。渋谷の風景が再現され、さまざまな催しが行われている。コロナ禍の2021 年秋には、ハロウィンイベントも。(©KDDI・au 5G / 渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト)

 またclusterは、ユーザーがイベントに参加するだけでなく、「ワールド」というバーチャル世界を自分で設計して、そこで交流したりイベントを開催したりできるのが特徴です。自分でアバターをつくったり、生活空間をつくったり、音楽コンサートを開いたり、いろいろなことができる空間を提供しています。いずれは個人や企業のみなさんが、自由にモノを売り買いするような経済活動ができる空間にすることを目指しています。

Clusterのユーザーがつくったワールドの例。日常生活でカフェやイベントを楽しむのと近い感覚で参加できる。コロナ禍により人が集まりにくい状況で、メタバースのニーズは一層高まっている。(©Cluster, Inc. All Rights Reserved.)

ひきこもりの経験が理想のバーチャル空間のアイデアにつながった

──加藤さんは大学院を中退後、2012年から約3年間ひきこもり生活をしていました。ひきこもり生活から一気にクラスター社を起業されたそうですが、一体何があったんですか(笑)

 ひきこもりというとネガティブな印象だと思うのですが、すっごい楽しく、ポジティブにひきこもっていました(笑)。家の中で楽しく生活し、アプリ開発の仕事をして稼いでいたんです。家から出る必要性がなかったんですね。なぜそれができたかというと、インターネットの技術が発達したからです。SNSで友達とつながり、ネットショップで欲しいものがすぐ手に入り、動画でいろいろな世界の情報を見ることができます。

 3年間ひきこもって何の問題もなかったんですが、やっぱり外に出たいなという気持ちもわいてくるんです。それは「身体性」が足りないから。友達と直接会ってわいわいやっている感じ、お祭りのように盛り上がっている感じがインターネットにはなかったんです。でもゲームの世界では、オンライン対戦しながらアバターで交流したり、ボイスチャットをしたりして盛り上がる、というようなある程度身体性のある体験ができていました。これをもっと一般化して実現できないか、バーチャル上で身体性がともなう形で生活したり、イベントを開催したり、飲食店を経営したり、モノの売り買いをしたりできないか、というアイデアをずっと考えていて、それを実現しようと2015年に立ち上げたのがクラスター社でした。

──ひきこもり生活から生まれた発想だったのですね。

 元々SFが好きで、古いものではメタバースの生みの親ともいわれる作家、ニール・スティーブンソンの小説も読んでいましたし、ヴァーナー・ヴィンジの『マイクロチップの魔術師』というバーチャル空間を描いた小説も大好きでした。アニメでは『攻殻機動隊』や『サマーウォーズ』、最近では『竜とそばかすの姫』もありましたが、こういうバーチャル空間を舞台にしたSFの世界観に触れながら、こんな世界が実現していたらひきこもり生活はもっとおもしろいはずだと思っていました。大学では物理を学んでいましたが、物理世界をバーチャルでどうやって再現していくかということは、SF好きもあって、ずっと考えていたテーマです。

 ひきこもっている間も、自分自身のペイン、つらく感じていることと向き合って、どうやったら解決できるかを考え、通信インフラ、VRデバイス、ゲーム、CPU、GPU、SoCなどの技術の発達、向上を追いかけていく中で、これはそろそろいけるんじゃないか、僕の人生を投じるものとして、理想のバーチャル空間の実現は最高のテーマだと思ったんです。

──そこから、一気に会社を立ち上げられることがすごいです!

 一大決心をして起業した感じはなくて、やりたいことを実現するのに、チームや組織をつくって動くのがいいと考えて、当然のごとく人を集めて会社をつくりました。 人が集まったときの力の大きさをはじめて感じたのは、高校時代に経験した回転ずし屋のバイトです。チェーン店なのですが、ものすごい分厚いマニュアルを渡されて、アルバイトから、アルバイトリーダー、店長に至るまで、お店のさまざまなオペレーションに必要なルールが事細かに書いてあるんです。休み時間にこれを読み込んで、本当にすごいなと。回転ずしという産業があって、全国にお店が広がり、そこで働く人たちがリーダーや店長にステップアップするためにがんばっていたり、同じ学校の人同士などでコミュニティをつくったりしている。このしくみの素晴らしさに感動しました。僕はすし屋の仕事に向いてなくて辞めちゃったんですが(笑)。

 大学時代は大きなサークルに入っていて、代表もやりました。このサークルは歴史があって、組織が完璧に出来上がっていて、各メンバーが主体的に動いて活動しているんです。イベントや何万部も印刷する冊子製作など大きなことも毎年しっかり成し遂げられる。学年ごとの役割がはっきりあって、引退間近の3年生が1年生を勧誘、指導しながら、2年生が中心になって活動するんです。組織が出来上がっていると、代表といってもそんなにやることがないんですよね。長い歴史の中でつくられた組織のアーキテクチャーの美しさ、うまく設計するととても大きなことが実現できるということを実感したんです。

 これを読んでいる中高生のみなさん、特に起業したい人に知っておいてほしいのは、1人でがんばってテストの点数を上げるだけでは、大きなことはできないということです。異なる能力を持った人が集まって何かをやることのほうが、圧倒的に大きな力になります。“1人プレー”よりも“マルチプレー”を楽しんでほしい。大人が決めたルールの中で点数をとることよりも、自分たちが決めた目標やルールの中で、チームになって何かをやることのほうが大切だということです。

なぜメタバースに未来を見ているのか?

──メタバースプラットフォームにつながる学生時代の勉強について聞かせてください。京都大学理学部では、宇宙論と量子コンピューターを学んでいたとありますが、この両方を学ぼうとするのはだいぶやばい人だなと(笑)。

 物理学は大きく、相対論系と量子力学系に分かれていて、これをどう合わせるかが大きな課題になっていると思いますが、僕はこの2つをコンピューター、計算機によるシミュレーションという同じ手法で計算する研究に取り組んでいました。理論を数理モデルに落とし込み、計算機に入れて、結果を元に新しいアイデアを考える、という研究です。大学の研究でも僕の趣味嗜好は、「計算機を使って世界をシミュレートする」ことにありました。大きな宇宙の計算と、小さな量子の計算をしていたのが大学時代です。

──なるほど!それがメタバースにつながっていくわけですね。

 メタバースという営み自体を突き詰めると、「計算機によって描かれた世界の中に人間が入る」という行為だといえます。これにはどういう意義があるのだろう?と考えると、計算というのは元々、人間の身体性と紐づいた行為なんです。例えば、人間が何で10進数を使っているかというと、手の指が10本だからです。計算機は2進数で考えますし、12進数のほうが本当は計算が楽なんです。時計は12で示しますし、角度も360°ですし、2、3、4、6で割れる12が使いやすい。10なんて2と5でしか割れなくて、使いにくいんですよ。でも指を使うと、子供でも簡単にものの数を数えることができて、10進数で、肉体を使って計算するのが人間なんですね。

 この肉体と計算をびりびりと剥がした人物が、イギリスのアラン・チューリングという数学者です。その前にドイツのヒルベルトというすごい数学者がいて、この人は「数学を数学する」、つまりすべての数学を形式的にして、考えなくても自動的に答えが導かれるしくみを考えていたんですが、チューリングはこれを、ヒルベルトとは別のエンジニアリングなアプローチで考えて、1940年代に計算機械を生み出し、人間の体から計算が引き剥がされたわけです。以前は何かを計算しようとしたら数学者が徹夜でがんばっていたのですが、機械が不眠不休で計算してくれる、計算が青天井になる時代に突入したんですね。

 計算機は、天体の動きやボールのようなモノの動きなど物理的なものを予測することに使われたわけですが、その計算機が今やろうとしているのが、世界をシミュレートしようということです。さらにその中に人間を取り込もうとしているのが、メタバースだと考えられます。こういう大きな歴史の流れの中で、僕はメタバースに未来を見ているんです。

 と……すごいことを言っているようですが、こういうことに興味を持ち始めたきっかけはアニメ『機動戦士ガンダムSEED』です。なよなよした主人公のキラ・ヤマトが、コーヒー片手にプログラミングしていて、これがかっこいいんです(笑)。キラ・ヤマトに憧れてプログラミングを勉強し始めました。きっかけはそんな感じでいいと思いますよ。

メタバースによりみんなが生きる未来はどうなるか?

──今後メタバースが社会に広がっていく中で、仕事のやり方はどのように変化すると考えていますか?

 2つのフェーズで考える必要があります。第1フェーズは、物理の世界が主、バーチャルの世界が従の段階です。例えば私たちが開発した「バーチャル渋谷」は、物理が主ですね。実際の渋谷の街をコピーした世界です。インターネット通販も、実際に物が届く物理がメインのビジネスです。そこで力があるのは、広告です。インターネットを利用して、物理世界の中でどれだけ物が売れるかが重要になります。それを支配しているのがGoogleや旧Facebookで、物理的な商品やサービスをつくっている大資本、例えば自動車メーカーやスマホのキャリア、不動産業界なども大きな力があります。

 第2フェーズでは、これがひっくり返ると考えています。物理が従で、バーチャルが主の時代が必ず来ます。その世界は、想像もつかないようなことが起きていますし、今は存在しないような仕事もたくさんあるはずです。バーチャル上で価値を生み出し、バーチャル上でお金を出すようなビジネスが生まれています。例えば……というのを僕がここで話すようなことではなくて、これを読んでいる中高生のみなさんが、バーチャルが主になる世界をイメージして、何が起きるかゼロベースで考えたほうがいいと思います。

 現実の服のおしゃれなんかどうでもよくて、アバターのおしゃれに気をつかうようになるかもしれませんね。そんなのは僕が言わなくても、中高生の子のほうが感じているかもしれません。もしかしたら親世代からは、もっと服に気をつかえとかいわれるかもしれませんが、そんなの必要ないと思っているみなさんにいずれ世界が追いつくから気にしないでいいですよ(笑)。そういう人が、これからアバターの服やアクセサリーを開発して稼ぐ人材になります。バーチャルのアクセサリーは、物理世界みたいに体につける必要もなくて、顔のまわりに浮いていてもいいですよね。

──そうなると、今の物理世界の常識や価値観に縛られる必要はありませんね。

 うまくしゃべれない人とか、印象が悪いと見られてしまう人が、アバターを介してバーチャル上で上手にコミュニケーションをとるフィルターを開発したりするなんてこともありそうですね。第2フェーズのバーチャルメインの世界では、そんな今はビジネスになっていないアイデアが無限に存在するはずです。

 そのとき新しいアイデアを出せるのは、今インターネットの世界やゲームにどっぷり浸かっているような人、友達といつも「ディスコード」でつながってコミュニケーションをとっている人とか、「ゼンリー」で友達の居場所をいつもチェックして遊んでいるような人が、メタバースでおもしろい価値を創出していくんじゃないかと思います。こんなことに夢中だと、親は不安だと思いますけど(笑)。

──メタバースが浸透した未来に活躍するために、中高生が身につけておくべき力は何だと思いますか?

 ここは真面目な勉強のお話をします(笑)。どんなことをやるにも、ものごとを「学ぶ力」が大事です。学習指導要領に沿う必要はまったくなくて、興味のあることの知識を学んでいくこと、特に歴史から学ぶことが多いと思います。数学が好きなら、脈々と積み上げてきた数学者たちの発見の歴史をちゃんと知ることが、新しいものを生み出していく上で大切だと感じます。

 大いに遊んで、大いに学んで、みんなとチームになっていろいろなことにチャレンジする。これをやろうと思ったら、今の中高生はめちゃくちゃ忙しいと思います(笑)。

──貴重なお話をありがとうございました! 2022年4月17日のトークイベントもよろしくお願いします。

《見逃し動画配信》「好きをミライへつなげる講座」加藤直人さんトークイベント

 「メタバース」とは何なのか、加藤さんが開発したメタバースプラットフォーム「cluster」の中では、一体どんなことが起きているのか。そして、「メタバース」が当たり前になる未来に、私たちはどう生きていけばいいのか。加藤さんが今回のイベントでみんなに伝えたかったという「夢をつくる人生の歩み方」とは? 将来を考えるきっかけになるお話が満載のトークイベントを見逃した方は、こちらでぜひご視聴ください。

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1924年創刊の小中学生向け科学月刊誌。話題の科学ニュースを、どこよりもおもしろく、わかりやすく解説。宇宙、生き物、テクノロジーなど、好奇心旺盛な子供たちがわくわくする科学をお届けします。創刊以来、研究者や医師、エンジニアなど一流の人たちが子供時代に読んでいた雑誌として知られています。また、毎月工夫をこらした実験や工作を多数紹介。手を動かしてものづくりをする体験を提供しています。子供向けのプログラミング学習記事も充実。記事の内容と連動したプログラミングキットの開発も行っています。

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