《子供の科学 深ボリ講座》もっと知りたい! 冷凍動物園―フローズン・ズー―とは⁉

IUCNのレッドリスト危機ランキングでEN(絶滅危惧種)とされるチンパンジー。

『子供の科学』2023年11月号の「救え! 絶滅危惧種」特集をさらに深ボリ。本誌では紹介できなかった、野生生物の細胞を冷凍保存する取り組みについて紹介します!

「子供の科学」11月号では、生命科学を取り入れ絶滅の危機に瀕する野生生物種を守る研究を紹介しました。しかし、その研究が実用化されても、肝心の野生生物が絶滅していては、必要な細胞が手に入らず、せっかくの技術を活かすことはできません。今回、お話を伺った大阪大学の林克彦先生、東京海洋大学の吉崎悟朗先生は異口同音に「今のうちから細胞だけでも冷凍保存してもらいたい」と訴えます。

東京海洋大学の吉崎悟朗先生の研究室で見せてもらった冷凍タンク。魚の細胞を保存している。

 野生生物を保護する上で、彼らの生息地を守ることがとても大切ですが、すでに街や農地として利用されている土地を元の自然に戻すことは簡単ではありません。その点、絶滅する前に野生生物から採取した細胞をマイナス196℃の液体窒素を満たしたタンクの中に保存しておけば、その細胞から精子、卵子をつくって、野生生物の赤ちゃんを誕生させられるでしょう。

 そのため世界各地で絶滅が心配される細胞を冷凍保存する取り組みが始まっており、こうした取り組みは「冷凍動物園(フローズン・ズー)」と呼ばれています。

 ただし、未来永劫、野生動物種を存続させようとすると、オス、メスを、それぞれ1個体の細胞を保存すればいいわけではありません。もしオス、メスが1個体ずつしかいなければ、生まれてくる子供は、皆、兄弟になり、その次の世代を誕生させようとすると近親交配になってしまいます。

 近親交配だと遺伝病が生じるリスクが高まります。人間の管理下で野生生物を繁殖させる場合、必ず近親交配を避ける必要があり、近親交配を起こさずに野生生物種を存続させるのに必要な個体数として、「最小持続可能個体数(MVP=Minimum Viable Population)」という考え方が唱えられています。

 種類ごとにMVPが明確に明らかになってるわけではありませんが、少なくとも数百個体は必要だと考えられています。小さな細胞を冷凍保存するだけですから、保存施設を整備することは難しくはないものの、絶滅が心配される野生生物種をまとめたIUCNのレッドリストで絶滅危惧種に登録されている種類の多くは数百頭以下になっていて、細胞を集めることは簡単なことではありません。

 例えば、トラは現在、3000~4000頭ほどがいると推定されていますが、その多くはインドに生息するベンガルトラで、個体数は2200頭ほど。ロシアに生息するアムールトラは550頭ほどしかいません 。同じトラであっても、両者は異なる亜種であるため、ベンガルトラとアムールトラで繁殖させるわけにはいきません。今いるすべてのアムールトラから細胞を採取して、ようやくMVPの細胞を保存できるほど、個体数は減ってしまっているのです 。

亜種の中でいちばん体が大きいアムールトラ。

 しかし、トラを含め絶滅が心配される野生生物をすべて捕獲して細胞を採取することは、そうそうできるものではありません。警戒心の強い野生生物を捕獲することは簡単ではありませんし、たとえ捕獲できたとしても、捕獲時に誤って死なせることだってあり得ます。だからこそ、現在、動物園で飼育されている個体に関しては、必ず細胞を採取し、血縁関係を明らかにした上で冷凍保存することが求められているのです。

 吉崎先生の研究室では研究で用いた魚の細胞を冷凍保存していますし、いち早く冷凍動物園に取り組んできたサンディエゴ動物園では1000種類以上の野生生物種の細胞が保存されていますが、まだまだ十分とは言えません。研究機関や動物園が個別に細胞を保存するだけでなく、世界中の多くの国が連携して大規模な冷凍動物園が運営されることが期待されます。

取材協力:林克彦教授(大阪大学大学院医学系研究科)
吉崎悟朗教授(東京海洋大学海洋技術研究科)

斉藤勝司 著者の記事一覧

サイエンスライター。1968年、大阪府生まれ。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業後、ライターとなり、最新の研究成果を取材し、科学雑誌を中心に記事を発表している。著書に『がん治療の正しい知識』、『寄生虫の奇妙な世界』、『イヌとネコの体の不思議』、『群れるいきもの』などがある。

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