ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が本格的に稼働を開始し、2022年7月12日についにカラー画像が公開されました。前回の連載①では、みなさんにこのカラー画像の美しさを味わってもらいました。今回は、ハッブル宇宙望遠鏡(HST)の後継機として打ち上げられるまで、紆余曲折だった道のりを振り返ります。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の打ち上げの意味
前回の連載でもお伝えしましたが、2021年12月25日、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が宇宙へ飛び立ちました。1990年4月に打ち上げられたハッブル宇宙望遠鏡は地上からの望遠鏡では容易ではない素晴らしい成果を上げてきましたが、老朽化が進んでおり、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡はその後継機としてこの日を迎えました。
打ち上げを見守ったNASA(アメリカ航空宇宙局)科学ミッション本部副長官のトーマス・ズルブケン氏は、こう感慨深げに語りました。「今回の打ち上げはNASAだけでなく、長年にわたってこのミッションに時間と才能を捧げてきた世界中の何千人もの人々にとって重要な瞬間となりました。いよいよジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による観測が始まります。私たちは、これまで見たことも想像したこともないものを発見する、本当にエキサイティングな時代を迎えようとしています」。
実際、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の打ち上げまでには大変な道のりがありました。
最初の開発の提言は1996年!
ハッブル宇宙望遠鏡の後継機となる宇宙望遠鏡の開発が提言されたのは、1996年。いまから四半世紀も以前のことです。当時の名称は「次世代宇宙望遠鏡」を意味する”NEXT GENERATION SPACE TELESCOPE”(NGST)となっており、この段階で打ち上げは2006年とされていました。
ところが、開発の難しさから計画は遅れ、コストも増大。中止を求める声が上がるなど、計画は難航します。2002年9月10日には、NASAの2代目長官であるジェームズ・E・ウェッブ氏に敬意を表して、「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」と名称が改められましたが、打ち上げは2010年代前半、2010年代後半……とずるずると先延ばしになりました(ジェームズ・E・ウェッブ氏は、人類を初めて月面着陸させたアポロ計画を主導したことで知られるほか、精力的に宇宙科学探査プログラムを推進して在任中に75機以上の探査機の打ち上げを担当した人物で、余談ですが、その名前の効果もあって計画は中止を免れたのかもしれません)。
こうして打ち上げは2020年代となり、目前には2021年3月に設定されましたが、コロナ禍の影響を受けて2021年12月を迎えました。提言から25年、まさに難産の末の打ち上げ成功です。この道のりを知れば、ズルブケン氏のコメントにもうなづけるでしょう。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡の違い
スペースシャトルで打ち上げられたハッブル宇宙望遠鏡は、地球周回軌道を回っていることから、初期の光学系の不調や不具合を宇宙飛行士が手作業で修理するなど延命措置をすることができました。そのおかげもあり、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の度重なる打ち上げの遅れをなんとか乗り越えて、宇宙望遠鏡としての主役をジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡にバトンタッチすることができました。
ハッブル宇宙望遠鏡とジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡には、大きな違いがいくつもあります。
まず、軌道について。ハッブル宇宙望遠鏡の高度は600kmほどです。一方で、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、150万km離れた、太陽と地球の重力バランスがとれるラグランジュ点の1つでL2点と呼ばれる位置で観測にあたります。150万kmは、地球と月の距離の約4倍にあたります(ラグランジュ点とは何かについては、別の機会に詳しく解説します)。このため万が一、トラブルに見舞われても修理は不可能とされています。
次に形です。ハッブル宇宙望遠鏡はいかにも望遠鏡を思わせる全長13mの筒型で、2枚の太陽電池パネルが取り付けられています。これに対して、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、主鏡と副鏡がむき出しの状態になっていて、電波望遠鏡を思わせる形です。太陽光をさえぎるテニスコートサイズほどの多層遮光板(サンシェード)を座布団のように下に広げているように見えるのもユニークです。
主鏡のサイズは、ハッブル宇宙望遠鏡が口径2.4mであるのに対して、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、六角形の18枚の分割鏡を組み合わることで口径6.5mを実現。ハッブル宇宙望遠鏡の6倍の面積で、遠くの天体からの光を集めます。鏡の重量も軽量化しています。ハッブル宇宙望遠鏡の鏡は、低熱膨張率ガラスの炭化ケイ素でできていて、重さは830kgでした。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は金属のベリリウムを主体とした素材でできており、分割鏡1枚当たり20kg、18枚で360kgとなっています。軽量化のほか、剛性、極低温での安定性も重視されています。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の開発には、世界中のさまざまな機関が携わりました。数千人のエンジニア、数百人の科学者、300を超える大学やメーカーなどの組織・団体が取り組み、アメリカをはじめESA、カナダ宇宙庁など14カ国が計画に参加しています。
多くの困難を乗り越えて打ち上げられた、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡。今後期待される役割や成果は何か、次回以降詳しく解説していきます。
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