ヒトと他の動物には様々な違いがあります。たとえば、言葉でコミュニケーションをとる、仲間と協力する、巧みに道具を使う、二足歩行するなどです。こうしたヒトらしさの起源は古くからの謎です。
その起源を知るために、遺伝情報の変化が注目されてきました。たとえば、ヒトとチンパンジーでは、すべての遺伝情報(ゲノム)を比べると数%しか違いがありません。その中でも、ヒトだけがもつ遺伝情報は、ヒトらしさの起源に関わるとと考えられてきました。その一方で、ヒトでは失われてしまったた遺伝情報については、謎に包まれていました。
2023年、イェール大学(アメリカ)などの研究チームは、ヒトで失われた遺伝情報に着目し、ヒトとその他の哺乳類のゲノムを詳しく調べました。その結果、ヒト以外の哺乳類には存在しているのに、ヒトでは失われている遺伝情報が約1万個あることが明らかになったのです。それらの失われた1万個の遺伝情報の大部分(95.7%)は、DNAが並ぶ塩基の数が20塩基対より短いものでした。
すべてのヒトで失われている1万個の遺伝情報の中には、神経系の発達や知的な活動に関わる遺伝子と密接な関わりがあるもの、さらには発達中の脳の細胞を形づくることに関わるものが含まれている可能性も出てきました。
遺伝情報が失われて、新しい特徴が得られるというのは、少しイメージしずらいかもしれません。これについて、「isn’t(~ではない)」という否定形の単語から「n’t」という3文字を削除して「is(~である)」という新しい単語をつくるのと同じような効果があると研究グループは解説しています。
つまり、働きを抑える役割をもつ遺伝情報が失われて、新たな働きを得たことが、ヒトらしさの起源につながったのかもしれないのです。
遺伝情報の解析技術のめざましい進歩と、新しい視点での研究によって、ヒトらしさの起源についての理解はどんどん深まっていくでしょう。(文/保谷彰彦)
文